花園の墓守第六章第一話『此岸には帰らなかった』

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 世界はすでに滅びていたと由為は知ってしまったが、正直に言うといまでもファレンたちが口にしたのは悪い冗談なのではないかと思ってしまう。
 いまだって彼岸に住むようになって二十日ほどになるが、環境に変化は見られない。
「衛さん、あれ取ってください」
「はい」
「次に私もいいかしら」
 朝の食事の席で交わされる会話も和やかだ。机の奥側にはファレン、七日、きさらが並び手前側には貴海、由為、衛が座っている。今日の朝食は花を煮込んだもので白い湖の上に赤い花が一輪だけ大きく咲いている。
 由為は赤い花を切り分けて口に運んだ。おいしいと舌は反応する。
「ああ、由為と七日」
 貴海にいきなり呼ばれた。由為は口内にある花を慌てて飲み込み、七日はナプキンで口元を拭いてから向き直る。
 皿を空にした貴海は珍しく行儀のよろしくない振る舞いをしていた。机の上に片肘をついて手の上に顎を乗せている。紫の目は細められて口元にはうっすらと微笑、それは七日が以前にたとえたあくどい笑顔だ。由為も見慣れた。
 食器がたまに重なる音がしなくなる。衛ときさらも手を止めて貴海の発言を待っていると、静かに言葉は落とされた。
「二人には此岸に行ってもらう」
「なんでさ」
 真っ先に七日が返答した。億劫そうな様子からは面倒なのか此岸に行くのが嫌なのか判断しにくい。
 由為は此岸に行くのにためらいはなかった。胸に生まれたのは驚きだ。慣れ親しんでいた此岸に帰るのではなく行くと納得している。自分の居場所は彼岸にあることを当然のように受け容れていた。
 いま由為が彼岸にいるのは仕事で遣わされたためであって、数年後には此岸に戻る可能性も十分にある。むしろそちらの可能性が高い。だが、貴海の発言を聞くまでそのことに思い至らなかった。
 由為としては、世界が滅んでいるなどを聞かされたのだから、現在のことよりも過去や未来に意識がいってしまうのも仕方ないだろうといったところだ。数年後の自分なんてわからない。考えたが、誰にも使えない言い訳でもある。腹に落として花と一緒に消化してしまうしかなかった。
「七日にもそろそろ此岸の状況を知ってもらいたくてな。嫌か」
「いやだけれど仕事なら行きますよ。行きますとも」
 テーブルの上にある青いティーカップを手にして七日は早口に言った。ファレンがなだめるように七日の背中に手をあてる。
「由為も一緒にいるから大丈夫だろう。七日、気を負いすぎるな」
「あの、私たちは行けないのですか?」
 親切心と心配によるきさらの質問に貴海は首を縦に動かした。
「君たちにもいずれ此岸へ帰郷はしてもらう。だがいま抜けられると彼岸の仕事が回らなくなるからな。すまないが順番だ」
「わかりました。七日さん、大丈夫だよ。此岸に怖い人はそういないから」
「衛さんお気遣いありがとうございます。で、貴海先輩。いつ行くんですか」
「明日だ。準備は今日のうちにしておいてくれ」
 「由為も大丈夫か」と聞かれたので「はい」と答えた。
 おおよそ二十日ぶりの此岸だ。どれだけ此岸は変わっているだろう。どれくらい此岸のことを覚えていられるだろう。
 由為はスープを飲み干しにかかった。

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