花園の墓守由為編第八章四話『書館は神秘でできている』

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 貴海は調理場の流しに使った食器たちを置いてからファレンの部屋へ向かう。扉を叩けば先に戻っていた部屋の主から「どうぞ」と返ってきたので「失礼する」と開けた。
 湯浴みを終えてから由為の様子を見ていたためか、ファレンはすでに丈の長い薄い生地の夜着に着替えていた。いまは鏡を前にして長い髪を櫛で梳いている。貴海はファレンの後ろに立つと、自然な流れで櫛を受け取り、代わりに髪をとかし始めた。
「ついに由為は世界を救う方法に手をかけたみたいだぞ」
「そうだな」
「焦らないものだなあ」
 繊細な桜色の髪を根元から毛先まで絡まないようにすることに集中する。ファレンの髪は当然のことだが人と同じものではない。極小の字の粒がまとまって人の形を為している。此岸では存在できない古い字、古字が全身を渦巻いていた。
 されるがままなのが退屈なのかファレンは問いかける。
「貴海。由為に世界を救わせていいのか」
「本人がやりたがっているんだ。手伝うしかない」
「まだ十五の少年が世界を救うなど、大げさ過ぎる気もするが」
 愛しい人が口にしたらしくのない内容に貴海は苦笑する。
 ファレンはいつもなら年齢によって運命の来訪を気にするような物語ではない。幼くとも若くとも、立ち向かうべき定めが来たら全力で立ち向かう者を見届ける。それなのにいま口にしたことの本意は、自分の役目を壊される躊躇ではないだろうか。
 由為が正しく此岸を救えたならば世界の循環は一旦、確実に止められる。そうしたらファレンは犠牲にならなくとも良い。
 貴海が望むとおりの流れだ。自分の手の中からファレンを失うことなどさせない。それはファレンが目を覚ましてから傍に居続け、愛し続けた貴海が世界に対して突きつけた宣戦布告だった。
 貴海は髪を梳く手を止めて櫛を鏡の前にある机の上の箱にしまう。ファレンは貴海の手を取って立ち上がると寝台まで歩かせた。
 そのまま貴海を寝台に寝かせて上にのしかかってくる。とし、といった音と鼻孔に届く水に踊らされる花の薫りに満足する。ファレンの身体に腕を回して目を閉じた。
「君の代わりに由為が犠牲になることは俺もさせないよ」
 貴海はファレンを救うためならば手持ちのカードを全て売り払う覚悟があるが、由為は手持ちのカードではない。由為は由為として尊重すべき存在だ。命だ。だからこそ由為の意志に頼っている。誰に促されたわけではなく、違う空を見るために世界を救う覚悟をした少年を誰よりも買っていた。自分にできるならば悪辣と呼ばれる手段ですら使って援護する。
「おまえを疑う気は無い。だが、他にどんな方法があるんだ。誰も傷つかずに、損なわれずにうまくいく術なんて、奇跡と呼べるものしかありえない」
「だったら奇跡を起こす仕掛けをしよう」
「今回は妙に自信を持っているな」
「ノクシスさんのときはしくじってしまったから。二度も同じことはしたくない。今度こそ、正しく交渉の場に立ってみせる」
「誰との」
 ファレンの瞳がのぞき込んでくる。偽りも嘘も見逃さない細い緑の瞳孔に見据えられては貴海も軽々しく自分の企てを口にするわけにはいかなかった。至近距離で目をぶつけ合わせる。
 頬を流れる細い髪や引き結ばれた薄い唇などに見とれつつ、貴海はファレンの滑らかな輪郭に手を添えた。外見の美しさに惚れている面もあるが、一番見惚れてしまうのはファレンの中核にある大切な願いだ。
 あらゆるものが幸せに終わると良い。そのための物語として望まれたファレンが貴海には愛おしくてたまらない。初めて逢った時から心奪われた。いまだって惹かれてやまない。
 彼女を失わないためならば何だってしよう。
 貴海は己の意義に対して微笑んだ。
 扉越しに足音が遠ざかるのを聞きながら愛しい人から目をそらさない。

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