花園の墓守由為編第八章二話『書館は神秘でできている』

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 夕食の片付けも終えて彼岸の住人は自由時間を迎える。
 七日は木槍を持って衛と彼岸の庭で鍛錬を行い、きさらは調剤の資料に目を通していた。貴海は部屋にいる。それぞれが何かしらに取り組んでいるのを確かめてから由為は書館へ向かった。
 貴海からもらった鍵はかすむ空を通り抜けていく光を受けて先端をきらめかせた。金属がまたたく様子は美しい。
 錠に鍵を差し込んだ。回す。かちりと音がして開く気配がする。
 取っ手に手を添えて引いていくと、真っ暗闇だった書館の内部に薄緑の明かりが床から舞い上がる。薄暗いままだが視界がきかないわけではない。
 由為は書館へ入った。
「失礼します」
 誰がいるわけでもないのに声を忍ばせた。あえて対象を明確にするとしたら書館で眠っている知識たちに捧げた言葉になるだろう。
 明かりは下から浮かび上がって消えていく。次の瞬間には違う光が生まれて消滅を繰り返す。命の流れみたいだ。
 生まれて意味を為しては消えていく、一粒の光。
 一歩進むたびにこつんと音が立つ。石畳とは異なる素材で作られた床に汚れや埃は清潔すぎると言えるほど、ない。唯一出入りできていた貴海がこまめに掃除をしているとは考えられなかった。書館は地下に一階、地上は四階まであるらしい。彼岸の仕事をしながらこれほど綺麗な書館を保つのは不可能だ。
 書館は前に三列、間を作って奥に四列の棚が二連ほど並んでいる。さらに進むと半円の広間の中心に大きな机が一つ置かれている。由為は棚から二冊の本を抜き取ると机に広げた。一冊は貴海の手のひらほどの小さな本で、もう一つは大人の顔くらいありそうな薄い本だ。先に小さな本を広げると短い話が十編ほど収録されていた。
 過去にいたのか、作られたのかわからない人が失敗しては泣いて、それでも挑戦しては失敗する。あんまりにも失敗するから挑戦するのは嫌なのに止められない。終わりは書かれていなかった。
 薄い本を読んでいく。こちらは昔の彼岸の図のようだった。花園の面積は時代と一緒に縮小されているらしい。昔はもっと、彼岸にも人が住んでいたのだろうか。
 由為は読んでいくあいだに軽いめまいを覚えるが、それよりもまだ知らない本を読んでいたくて、頭が熱を持っているのを自覚しながら、二階へ上がる。
 二階は扉近くに机が置かれていた。進むと、両面になった本棚が横に四列、縦に十列ほど並んでいる。特に棚の内容を説明する見出し板などはない。
 そのときの由為に自覚はなかった。だが、まるで憑かれたように書架を歩いていき、気になる本を手当たり次第に引き出して読んでいた。
 文字の洪水を浴びたい。そのまま絡まり合った言葉の海に溺れて目を閉じてしまいたい。自分を追い詰めるような一心で、頭が沸騰しそうなほど加熱するのも構わず本を選んでいった。後からだと、どの本を読んだのか思い出せない量に目を通していた。
 おぼろげに記憶していたのは『枯れないフォルツの育て方』『ローエラルーテ史歴』『炎我写本』『唯一の施政について八十七の提言』『影なるものの慟哭権』などだ。内容は物語から、知識を得るためのもの、意見書まで様々だった。
 すでに何冊を手に取ったのかも分からなくなり、頭に鋭い痛みが走り出して、それでも本の背をたどることは止められない。読むことを止めてしまったら呼吸ができなくなる気すらしながら、八列目の書架に目を滑らせている途中だった。
 一冊の本に惹きつけられて動けなくなる。ひっかいたような細い字で書かれたその本の書名は。
 『いかにして彼は救済をせしめたか』
 救済。
 それは由為が求めていた単語だった。二冊の本のあいだに挟まれているそれほど厚みのない一冊を必死になって抜き取る。
 手にしただけで分かった。
 これまでの本とは圧が違う。のしかかってくる。潰してくる。由為という存在をすりつぶして細切れにしてしまいそうな、重厚さがあった。開くのも恐れ多いが、求める答えはこの本にしかない。確信を抱いて紺色の表紙を思いきり開く。
 白い紙に書かれた文字を読み進めていった。

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