花園の墓守由為編第八章一話『書館は神秘でできている 』

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 圭による朝食をいただき、直と是人にも挨拶をしてから、由為と七日は彼岸に戻っていった。
 帰りの舟も広兼が船頭になり、揺らぐ河に翻弄されず落ちついて帰ることができた。河の上で空は触れられそうな水色から徐々に霧がかった紫へと変化していく。
 昨日までとは違う空を自分は見上げている。
 由為はそのことにようやく気づけた、と笑みをこぼす。
 やがて、彼岸の岸辺に到着する。舟が彼岸に寄り添いあうとほぼ同時に、由為は鞄を持って飛び移っていった。七日に手を差し出すと白い手を乗せられる。
「由為、七日」
「貴海先輩!」
 岸辺から下った石畳があるところで貴海が待っている。由為は急いで階段を駆け下りていった。少しでも早く伝えたかったことを、興奮したまま告げる。
「気付きました! 俺にとって変革がどういうことかを」
「それはよかった。七日もおかえり」
「ただいまです。衛さんたちは?」
「花の水やりなどをしてくれているよ。二人とも、まずは休んでおいで。由為も落ち着いて話を聞かせてもらえたら」
 貴海は一瞬だけ間を置いてから恭しく彼岸の隠者を示した。
「君が望む宝物庫へ案内しよう」
 待ち望んでいた言葉に胸が弾む。由為がどのような変革を覚えたのかを聞く前に、できていると信じられていることが嬉しかった。
「いますぐ行くのはだめですか?」
「行きたいのか」
「はい」
 我侭だと分かっているが止められなかった。貴海は口元に手をあてて考えこんでいたが、由為を見て頷き、決めたようだ。
「それほど君が急いでしまうのなら、行ってみるか」
「ありがとうございます!」
 由為は貴海の隣をすり抜けていく。彼岸の屋敷に背を向けて、手を高く上げて左右に振った。
 苦笑する貴海の心情は由為と七日のことを気遣ってなのは分かっているが、加速するより良い未来への確信を放っておくことはできない。
 七日と話をしてから貴海は由為の後を歩いて行く。七日は屋敷へと向かっていった。
 由為の隣に並んだ貴海は、此岸に行く前よりも寂しい匂いはさせていない。最初に顔を合わせたときと同じ淡泊さだ。
「今回、二人を此岸に行かせて良かった。君も元気を取りもどしたみたいだから」
「あははは。やっぱり、やることが分からなかったり、無力な状況が俺には一番辛かったみたいです。苦しくても辛くても、やらなくちゃいけないことがわかっていたら。できます」
「強いな。世界の滅びに立ち向かうだけはある」
「からかわないでくださいよ」
「本心だ」
 黙った。
 貴海が自分に敬意を抱いて認めてくれていることが分かると、妙に照れてしまう。初めて会ってから一月もたっていないが、由為にとって貴海は、勝手だが、師のような存在になっていた。知らないことを知っている。知るべきことを知っている人。
「あ、あの! 貴海さんは新字の源のことを知っていますか?」
「知っている。その件も含めて手紙を君たちに託したのだが」
「盗み読みなんてしていませんよ。此岸の水上さんから、変革ができるようになったら案内すると言ってもらえました」
「そうか。終わりと始まりが入り乱れる言葉の嵐へ由為は向かうのか」
「止めます?」
 貴海は緩やかに首を横に振る。否定の意思の表明だ。
 新字の源に危険が待ち受けているのは察している。それでも自分は行くだろう。此岸と彼岸の滅びを終わらせるために、全てを知りたい。
 違う空を見に行きたい。
 書館の前に着く。周囲から漂う隠者の趣は変わらないが、いまは少しだけ心を開いてくれている気がした。貴海は服から鍵を取り出すと、差し込んで錠を外す。
 扉が開けられた。
 貴海の後に続いて薄暗い中へ入っていくと、さほど背の高くのない棚が幾重にも並んでいた。どこにも詰められているのは紙の束だ。それもばらばらではなく、背がまとまってくっつけられている。厚さも違っていて、紙をまとめている紙も独特だ。教本とは違う、本なのだろう。
 立ちのぼる神秘の香に一瞬で酔っ払いかける。ここにあるのは、何十年どころではない悠久の時を重ねられたが故に蓄積された、知識の結晶だ。胸が勝手に熱を持って暴れ出すから静めるために手を当てた。
 貴海が一番手前の棚から冊子を抜き出す。鎖が落ちる音と同時に由為の手に渡った。
 さほど重くはない。だけれど重厚だ。由為は渇く喉をならしてから頁を開いた。

【書館の利用案内】
 唯一原則 当館からあらゆる書物を持ち出すことを禁ずる。

 当館の書物を利用する場合は個々人が変革作業を行うこと。書物の内容の口伝は誤用にあたるため基本的には無効となる。
 又、当館の書物を利用できる者は彼岸へ益をもたらす存在のみとする。

 此岸に物語はあってはならない。

 読めた。
 滑らかに頭に入っていったわけではないけれど、全く知らない文字から意味が通じる内容に変換できた。
 貴海を見上げる。瞳の輝きから、由為が何をできたか察したのか、微笑を浮かべられる。
「俺が変革をできるようになることを書館に入れる条件としたのは、由為がいま読んだものの通りだ。書館の、この本というものの文字は過去と現在と未来が入り交じっていて、読む人が自分に合った形に変換する必要がある。いま、できたんだな」
「できました!」
 勢いよく答えると貴海は頷く。由為の手から棚へと冊子を戻した。
「先ほど読めたことを守れるなら、あとは自由に本を読み進めて行けばいい。運が良ければ世界の救い方も見つかるはずさ。ただし」
 背筋を伸ばすが、貴海の微笑は相変わらずあくどくて茶目っ気がにじんでいた。
「仕事も忘れるな」
「はい」
 おっしゃるとおりだった。
「さて、今回はここまでだ。衛たちにも挨拶をして、仕事をしてからまた来なさい」
 書館を出て行く貴海の後を続いていく。錠が下ろされて彼岸の財宝がしまわれた。もったいなく思いながら眺めていた由為に貴海は鍵を手渡す。骨格がしっかりとしている手はひんやりと冷たかった。
 渡された鍵は信頼の証として、由為は彼岸に意識を戻していく。
 未来のためにすべきことから離れるのは名残惜しいが現在の仕事も大切だ。
 由為は屋敷へ帰る。途中で水やりを終えたらしい衛ときさらが安心した表情を浮かべながら迎えてくれた。

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