花園の墓守第九章第二話『由為が考えた世界の救い方』

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 水やりを終えて、朝食を済ませて、巡回も行った。
 彼岸は変わらず薄暗い空の下にあり花は冷たい風に揺らされている。いつか此岸に渡って誰かの薬になるのを知らないまま微睡んでいるようでもあった。
「由為君はまた本との逢い引きですか」
 書館の扉に手をかけたときに、付いてきていた七日に言われた。あながち間違ってはいない表現に何を言えばいいのか分からなくなる。言い方は変わっているが伝えたいことは嫉妬ではなく、心配だろう。由為は此岸から帰ってきてから書館に気を向けてばかりだ。
 七日も文字の読み書きはできるが変革をすることはできない。変革ができないと不思議な文字で書かれている書館の本を読むことは無理だ。
「昨日の夜みたいなことがないように、今日は付いていくからね。貴海先輩にもいいって言われたし」
 腕を組んで不退転の覚悟を見せる七日は頼もしかった。自分一人だとつい夢中になって過重労働を強いてしまう。止めてくれる人がいるのはありがたい。
「頼りにしてるよ」
 笑って言ってから由為は書館の扉を開けた。
 薄暗い室内に点っては消える明かりに助けてもらいながら由為は二階へと歩いていく。目的の本は決まっていた。
「七日。昨日、俺が倒れたときに落ちてた本ってしまった?」
「ううん。由為君を持ち帰るので精一杯だったよ」
 ならば二階の書架の近くにあるはずだ。記憶を探りながら背を揃えている本のあいだを抜けていく。七日も後ろについてきてくれている。
 二階の机が置かれている近くの書架に、紺色の表紙の本が落ちていた。拾う。表紙を見ると救済の文字があった。すぐに広げると七日ものぞき込んでくる。目を通しただけで眉をひそめ、本から離れる。
「よく読めるね。くらくらする」
「俺も原文を読んでるとそうなるよ。ただ、変革すると一気に分かる」
「貴海先輩もだけど、とんでもない力だよ」
 それをきりにして黙った。由為が本を読むのに集中できるように気を遣ってくれたのだろう。
 由為は今回の件が終わったら、七日とありふれた楽しいことをしたいと思った。此岸で直や是人と遊ぶのもいいし、彼岸でカードなどをするのも良い。ゆっくりとした時間の中で純粋に楽しいことをしたかった。七日は年の近い人たちと遊んだ経験は少ないだろう。それが寂しいことに感じるから、瑞々しい感情に触れてみてもらいたかった。
 本に意識を戻す。

 

 始まりは、どうして青年が世界を救うに至ったのかが書かれていた。
 青年は由為とは違う。滅んだ後ではなく、滅びの前に全てを吹き飛ばす暴風の訪れを知った。そのことを知覚できたのは青年だけだった。彼岸で生きていた青年はいつか此岸が無に帰ることを怖れたが相談できる相手はいなかった。
 唯一、同じ彼岸で暮らしていた物語を除いて。
 物語は親身に青年の話を聞いた。妄想だと笑わずに真剣に対策を考えた。
 滅びをもたらすのは現字を塗りつぶす新字が生まれるためだ。新字の増殖と現字への侵略を止めたら此岸は滅ばないと青年は考えた。
 物語は「そうするといいよ」と答えた。
 青年が物語と共に作り上げたのは新字を止める一本の剣。
 「ヴィオレッタの剣」と名付けられたものだった。
 青年はヴィオレッタの剣を手にして、世界を塗り替える言葉を止めた。そうして此岸はいまも平穏に時が流れている。
 はずだった。

 結論では青年は世界を救ったが滅びは止められなかったと書かれている。
 此岸と彼岸の世界は、本に書かれている時点で二度の滅びを迎えていた。
 一度目はただ滅び、此岸の命は彼岸の花園を支える養分となった。
 二度目は彼岸の青年の抵抗によって命が失われることはなかったが、代わりに時間の流れが消失した。
 此岸の人は生きている。ただ、それだけでしかない。体の変化は三十歳前後で止まり、あとは老いることなく新字に全て塗り替えられるまで生きる。新字に塗り尽くされたら死を迎えて彼岸の花園の下で眠ることになる。

 この本は彼岸の物語が記したものだ、と終わりに書かれている。
『もしこの本を見つけた人がいるのなら。あなたが滅びの摂理に抗いたいと願うなら。ヴィオレッタの剣を正しく刺し直して欲しい。それが、最期の望みだったから』

 彼岸の物語より

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