花園の墓守由為編第七章第一話『七日は変わる』

7-1

 みんな、分かっているのだろうか。
 七日は此岸の東側を歩きながら考える。
 由為はまだ自分よりも一つ年上の少年にすぎない。そのことを、何人の大人たちが理解しているのだろう。
 水上が由為を呼び止めたのも由為にやってもらいたいことがあるからだ。他の誰でもなく、由為がすべきだと判断したことがある。そうやって重荷を背負わせてばかりで倒れてしまったらどうするのだろう。
 由為がくじけないようになんとかしなくてはならない。
 決意を新たにしたところで七日は此岸を見渡した。適当に歩いていただけだが、屋根が低い建物が多い。管理塔を別にしたら、二階まで作られている建物はほとんどないだろう。
 岸辺のある西側には商店が多く並んでいたが、東にいくほど空き地が目立つ。南側はどういった造りになっているのか見に行くことにした。
「七日ちゃん」
 名前を呼ばれて、振り向く。後ろには直がいた。もう一人、七日たちと同じ年頃だろう背の高い少年が並んでいる。これひと、と呼ばれていた。短い髪に緑の目で、引き結ばれた口元からは警戒が感じられた。
「よかった見つかった。いまから此岸の探索?」
「散歩といって欲しいかな。あ、後ろの方。私は七日といいます」
「是人、だ」
「ご丁寧にどうも。由為君はまだ管理塔にいるけど、二人は私に何か用事でもあるの」
 いま貴海先輩やファレン先輩がこの光景を見たら驚くだろうか、それとも安心してくれるのどちらだろう。此岸は大嫌いだと散々言っていたのに、いまは普通に此岸の人たちと話をしている。悪くのないおかしさだ。
 直が言う。
「僕たちで良かったら此岸を案内しようかなって。知らないところしかないでしょ?」
「そうだね。お願いできるなら、頼みたいかな」
「よし決まり。まずはとっておきの花をごちそうしてあげよう」
 直が先頭に立って歩き出す。商店がぽつぽつとある西へ戻るらしい。てくてくと直の後ろをついていくと是人からたまに視線を投げられているのに気付いた。目が合いそうになると露骨に背けられる。
 言葉を口にするのが苦手な人なのだろうか。ならば、と自分から話しかけることにした。
「此岸の空は見事に青いですね」
「そっちは青くないのか」
「ちょっとだけ青いですけど。基本はかすんでいて赤紫の空です」
 河を隔てているだけなのに一気に空を彩る画材は変わる。誰かの仕業なのか、そのように此岸と彼岸は作られたのか。考えても色は変わらない。此岸の空はいよいよ青さを増している。
 綺麗だ。
 抵抗せずに思えるのに頭をよぎるのはどうしても、彼岸の空の色だ。薄暗くて寂しい、破けてしまいそうな繊細な空。
 黙って少しうつむく。これ人の視線をまた感じていると直が言い出した。
「こっちゃんは七日ちゃんにみとれてるのー?」
 首だけ振り向かせながらの器用なからかいに、是人は一気に頬を赤くさせて、怒鳴り返す。
「そういうんじゃない! ゆ、由為が彼岸でうまくやれてるか気になって」
「うまくやれていましたよ」
「そっか……って、いました?」
「いまはわりと落ち込んでいるので」
 直と是人が由為の友人ならば七日の知らないことも知っているだろう。相談するにはうってつけの相手だ。
 現状を告げられた直と是人は息を合わせたように腕を組む。目をつむりながら空を見上げて唸っていた。
「あの、どこか入れませんか?」
「そうだね。とりあえず、あそこに行こっか」
 直が指さした先には柱が花に覆われている小屋があった。一階建てで間取りが広そうな外装をしている。
 今度も直が先頭に立って進み、横に扉を滑らせると室内へ入っていった。
「三人ですけど空いてます?」
「空いていますよ」
 扉近くのテーブルを拭いていた女性が頷く。布で押さえている金の髪と青い瞳は由為を連想させた。色だけではない。柔和なところが似ている。
「こちらが由為くんのお母さんだよ。圭さん、この子が彼岸で由為くんと一緒に働いている人。七日さん」
 不意打ちの発言に、七日と圭は目を見開いた。

 二人減っただけなのに屋敷が妙に大人しく感じられる。
 衛は談話室で貴海と向かい合いながら、手にカードを携えていた。以前は由為も交えて三人で行った遊戯だ。前回は貴海の圧勝だったが残念ながら今回もそうなる未来しかない。
 五まで数字が割り振られた、青、白、赤の三枚のカードを組み合わせる。場に出されるカードの数が十を越えないように気をつけながら、相手よりも多くの数字を出す。十を超えた場合は多くの数字を出した側の負けだ。
 このゲームの名前は「慎み」というらしい。
「貴海さんは、どうして由為君たちを此岸に行くようにしたんですか」
「由為の望みを叶えるためだな」
 同時にテーブルの上で互いにカードを見せた。貴海が青の三と白の四で、衛は白の二と赤の四だった。
 貴海の勝ちだ。
 カードを集めて混ぜ直しながら考える。由為君の望みとは何だろう。どうして貴海さんは知っているのだろう。単純な疎外感ではなく知らないところで進んでいる話に警戒してしまう。
 とはいえ、由為の望みを聞くこともはばかられた。
 また互いにカードの手札を混ぜ終えて、配っていく。こんこん、途中で扉が叩かれる音がしたので貴海が立ち上がり、開けた。
「今日の甘味は花の甘煮!」
 片腕を伸ばしてもう片方の手に透明なボウルを持ちながらファレンが入ってきた。バランスを崩しかけた体を受け止めて貴海は肩をすくめる。
「何しにきたんだ」
「昼食のあとに二人ともすぐ席を立ってしまっただろう。せっかく作ったが、きさらと二人では食べきれないから。あなたたちも食べてくれ」
 言って、用意していたスプーンでとうろりとした煮物をすくうと貴海の口元に差し出した。差し出された側は小さく口を開けて咀嚼してから頷く。
「美味いな」
「だろう?」
 桜色の髪を梳かれて満足そうにしているファレンとさらに手を伸ばしていく貴海に対して居場所がない。衛は苦笑しながら貴海とファレンのじゃれつきを見ているしかなかった。カードは重ねてテーブルの上に置いておく。
「衛も食べるといい。ほら」
 貴海の腕の中から放たれて近づいてきたファレンはまた、スプーンを差し出す。お伺いを立ててから口に含めば広がるのは甘さと一かけの苦みだ。
 口に手をあてて甘煮をほぐしながら、得意げにしているファレンを見る。
 視線に気付くと快活に笑うからこの人は本当に自由だと感心してしまう。縛りがない。
 衛は窓の外を見る。彼岸の空は変わらず紫が霧かすむ中で漂っていた。
「今ごろ、由為くんと七日さんはどうしてるんでしょうね」
「水上さんと顔を合わせたくらいじゃないか?」
 意外なことを聞いた。
「ファレンさんも水上さんを知っているんですか」
「ああ。あの人もこちらで暮らしていたことがあるから」
「その、ファレンさん自身は彼岸へ行ったことは」
「ないな」
 気負いはないまま、さっぱりと言われた。手にしていたボウルをテーブルの上に置いて窓の近くに、足音を立てないままファレンは静かに歩く。
 ファレンはどんなときも元気で明るいのに、存在感という点では薄い。一度でも目をそらして戻したら消えてしまいそうだ。消えてしまったことすら気づけなさそうだ。
 わずかに差し込む薄紫の光を受けながら、薄い唇から囁きがこぼれた。
「俺は彼岸でしか生きられない」
「もし、強引にでも此岸へ連れて行かれたら、どうなるんですか」
「その前に字の海へ崩落するよ。此岸と彼岸を分ける河の底の底に広がる、あらゆる字が舞い踊る檻の中。全部が溶けて俺はいなくなる」
「ファレン」
 強い制止の声だった。呼ばれて口はつぐまれる。苦笑し、ファレンは歩いて戻ってくると衛の肩を叩く。
「俺は彼岸でだけ見られる夢のようなものだ。衛が此岸に戻ったら何もかも忘れてしまうから、いまだけ仲良くしてくれ。ではな」
 ボウルを残したままファレンは部屋を出て行く。じっと、赤いそれを見つめる。
「貴海さん」
「なんだ」
「これ、俺たち二人で食べてしまったほうがいいんでしょうか」
「だろうな」
 スプーンは二つ用意してあった。

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