花園の墓守 衛編第六章『滅びを知って』

 翌日になると、貴海とファレンだけではなく花影の人たちも運動着に着替えていた。
「おはよう、衛。きさら。これから此岸に行くのか?」
「はい。そうですけど」
 小さい鞄を一つだけ持ち、時間までに舟着き場へ向かおうとしていたのだが、意外な光景を目にしてしまった驚きにより、意識が別の方向へいってしまう。
 花影の人たちは慣れた動きで、下の花園にある真ん中の白い花の手入れをしていた。影君が肥料を運んで、影生が花を折らないように気をつけながら耕し、花嬢が渡された肥料を埋めていく。
「彼ら彼女はよくしてくれているから心配することはない。俺としては、君ときさらたちの道行きの方が不安だ」
「まあ、そうですね。無私の人のことをまず認めてもらえるかわからない」
 彼岸に来て分かったが、此岸は長いあいだ残るように情報を残さない。必要なことだけ代々、話すことによって伝えてきた。無私の人がいついたのか分からないのもあり、答えが見つからない可能性もある。 
 それでも先に進むためには此岸へ渡らなくてはならなかった。
「では、いってきます」
「ああ。気をつけて」
「気をつけて!」
「お気をつけて」
 最後に花影に言われて、振り向くと、何事もなかったように花園の手入れをしている。衛は微笑んで、先に行っているだろうきさらのところへ向かった。

 舟の上でもきさらは静かだった。
 待ち合わせた時から言葉少なな様子でいたが、いまは落ち込んでいる。はっきりとした原因は分からないが、昨日のことも関わっていそうだった。
「きさらさん」
 呼びかけると「なに?」といつもより力のない微笑で応えられる。衛の胸も静かに痛んで、言葉を探してしまう。
「昨日、さらりと言われたけれど。此岸も滅ぶのかな」
「あら知らなかったの。滅ぶわよ」
「滅ぶことを選んだのかな」
 由為と七日と貴海が共犯となって行った、新字の封印と花影の解放については衛も聞かされている。だが、此岸の人たちは事情を理解して滅びを受け入れたのかが気にかかる。
 きさらも此岸へ目をやった。
「此岸と彼岸とは、何なのかしら」
「生の領域と守護の領域、だろう」
「そう聞かされてきたわ。此岸で生きて彼岸に守られる。でも、彼岸に来て様々なことがあって。分からなくなってきたの。生きるとは、どいうことなのか。此岸にいたときは何も考えずに幸せだったから、余計に」
 それで良いと思うのだが、きさらが肯定を望んでいるとは思えなかった。衛も同じように疑問を抱えてはいるがきさらほど深くは悩んでいない。安易な否定や同意ではなく、何を返せば良いのか。
 考えて、言った。
「幸せで生きられること、それだけで良かったんじゃないかな。彼岸の存在を軽んじていたのは反省するところだろうけれど。人が一番がんばらなくてはいけないのは、まず自分が幸せで生きることだろうから」
「花影に対しては?」
「此岸全員が責任を負うことじゃないよ。いま、知ってしまい、やらなくてはならない俺たちが片を付ける。それが大切なんだ」
 だって。
「俺たちが彼岸の管理者だから」
 格好付けるわけでなく言いきれば、きさらの眉が寄せられて口元が歪む。それでも涙をこぼさない強さを衛は好ましいと思っている、と気付いた。
 舟は此岸に着く。

 事前に話は通していなかったが、水上を訪ねるとすぐに通された。来客中ではない限り、すぐに部屋に案内するように言われているところから、今回の事態の重要性が計れる。
 部屋に入り、挨拶をするとすぐに話は切り出される。
「此岸の状況は悪いです。衛さん、きさらさん。彼岸はいかがですか」
「花影の件はまとまりました。此岸で葬儀を執り行うのと、過去に彼岸の管理者を介さずに花影を払った人を明らかにすること。それが妥協点です」
「葬儀の件は仕方ないわね。此岸の人に通達して、できるようにするわ。そして、花影を払った此岸の人についてだけれど」
「仮ですが、無私の人と名付けました」
 きさらが言うと水上は微かに笑った。
「なかなか良い名前ね。その、無私の人だけれど。あなたたちのすぐ近くにもいるわ。心当たりはあるでしょう。自分を犠牲にすることを気にしないで新字を封じて花影を解放した子」
 そこまで言われて分からない、などと言えるはずがなかった。点と点のままだけれど、水上が示しているのは一人。
「由為くんが、その無私の人の字を引いているんですね」
「ええ。まれに此岸に生まれる、普通なのに普通を踏み出せる子。それが、由為さんのような人たち」
「だから、由為君は変革を扱えるようになったと考えても」
「間違いないと思うわ」
 無私の人の答えは存外あっさりと分かったが、また由為に責を負わせることになる。本人が聞いたら、一瞬だけ微笑んで正当な花影の復讐を受け入れるだろう。だが、由為が受け入れても七日が納得しない可能性もある。
 考える点は多いが、無私の人については彼岸に情報を持って帰らないと話が進まない。
「きさらさん。貴海さんはこちらに来られそう?」
「すみません、そこまでの話はできませんでした」
 そこに、貴海の名前が出てきた理由がいまいち分からず、質問して遮る空気でもないので話の進展を待った。
「なら、此岸で花影を葬るときは貴海さんも同行してもらうようにしましょう。そうしたら、よほどのことがなければ断られないはず」
 きさらと水上のあいだで話はまとまったようだった。隣で聞いていて、そこまでうまくいかない気もするのだが、他に手はあるのかと言われても出せるものはない。
 自分の無力を痛感すると同時に不吉な雰囲気ばかり感じてしまうが、衛は水上に尋ね直す。
「此岸の人たちだけで、花影を葬ることは難しいのですか。貴海さんが此岸に来るとは、俺は思えないのですが」
「難しい、というより無理よ。手順が分からない。あなたたちが教えられたなら別だけれど、そうでないなら貴海さんに聞くか書館に行くしか知る術はないわ」
「だったら、俺は貴海さんに聞いてみますが」
 貴海と此岸を結びつけるのに、不穏な雰囲気があって、遠ざけようとするのだが肝心の水上は首を横に振る。
「衛さん。私は、此岸の統括管理者としてどうしても貴海さんと話さなくてはならないことがあるの」
 その一言だけで別の道はほとんど封じられた。
 きさらは立ち上がる。礼をして、此岸に帰る意思を見せたので、衛も同様にした。
 管理塔を下りていき、舟着き場まで歩く。此岸には以前ほどの活気はない。物品の受け渡しは淡々と行われ、子どもたちだけが元気に走り回っていた。
 その光景を眺めながら数ある疑問に一つ加わった物がある。
 貴海とは、何者なのか。
 どうしていざというときは貴海に聞こう、となるのか。確かに年長者ではあるが、頼られている領域が広すぎる。このまま貴海に頼るだけでいるのは、暗闇の中をただ導かれているのと同じ気がする。もしかたしたら行き着く先には誤った答えしかないかもしれないのに。
 できるだけ自分が望むことを選択しよう。衛は、決めた。

 衛ときさらが彼岸に戻り、調理場で夕食の支度をしている貴海へ報告を終えると、あっさり言われた。
「花影の葬儀は衛ときさらでなんとかできるだろう」
「できるだろうって。無責任な」
「俺は花影の案件は衛に一任した。できると分かっていたからだ」
 今回は俺がしゃしゃり出ることではない、と言いきる貴海だったが、きさらはなおも言い募る。
「お願いします。此岸に来てください」
「どうしてそんなに来てもらいたいんだ」
 スープをかき混ぜていた手を止める。熱も落として向き直った貴海は、服を汚さないように前掛けをしているのが少しばかり面白い。きさらはそれに気付くどころではなく、言葉を探している。
「此岸も滅びを選択したか」
 衛は息を詰めた。きさらは無言で頷く。
「それで、まあ俺の持っている手札を知りたいのだろうが、無理だな。ファレンがいる。俺は彼岸から離れられない」
「どうして、そんなにファレンさんを優先させるのですか」
 怒りか悲しみか、震える声を聞かされても貴海は揺るがない。何か確信しているのかいぶかしんでしまう笑みを浮かべて、言う。
「そうだな。もしも自分しか知らない大切な花が、一輪あったとしたら。その花を踏もうとする誰かがいたなら、止めるだろう。かばうだろう。あるいは身を差し出して守る。俺がファレンにしていることはそれだけだ」
「明日世界が滅ぶとしても、ですね?」
 かつて投げられらた疑問を返す。
「ああ。望むところだ」
 そうして笑う姿は清々しいほどにあくどかったから、呆れるしかない。
 貴海は此岸に来る気がない。来させることはできない。花影の葬儀は自分たちが務めるしかないと自分は諦められるが、きさらは違う目的があるようだ。
「此岸も滅びを選択したって、どういうことなのかな」
「花が、枯れたから」
「此岸の花が」
 驚いて反対に平坦な声が出た。花影を送る儀式にも必要な花が枯れたのも問題だが、それだけで此岸が滅びを選択した理由になるとは思えなかった。衛はきさらに問いかける。どうつながるのか。
「花影の侵攻を止めたら、由為くんが三年前にした新字の流出が再開される。いまですら此岸の人たちは自分たちの字が崩れていくことに苦しんでいて、新字まで入ったらそれぞれの字が壊れてなくなるから。その前に、自分としていられるまま滅びを選ぶことにしたの」
「確かに滅びを選択したんだな」
 強調するように言ったのは貴海だ。その言葉を責めと、あるいは攻撃の意思があると受け取ったのかきさらはまっすぐに見据える。
「はい。あなたたちによって自分を見失うくらいなら、と」
「なるほどな」
 どちらの味方につくかも選択肢にはあったが、衛は自分の味方をすることにした。いまは花影たちの信頼を失わないことが重要だ。変革の力を持つ花影たちが改めて侵略を決めたら此岸に勝ち目はない。もう一つ、衛は剣を鞘に収めてくれた花影たちの誠意に応えたかった。儀式は成功させる。
「貴海さん。俺は、あなたが此岸に来られないのは仕方ないとわかっています。ですから、花影の儀に関すること全てを教えてください。きさらさんも落ち着いて。まずは、花影とのことを終わらせてから」
 息を吐く。
「世界の滅びについて話をしよう」
 きさらも反対しなかった。
 貴海はスープの仕上げに取りかかっている。湯気がたつ赤い花のスープは蓋を閉じられて待ちぼうけになると思いきや、七日と由為たちに先に食べるようには言っているらしい。
「さて、談話室に場所を変えるか」
 貴海は間の抜けたことに衛ときさらにそれぞれ自分のティーカップを持たせて、自分もティーカップを片手にしながら廊下へ出る。階段へ上がる。
 誰にも見られないのは幸運だった。こぼすこともなく談話室に入って、貴海を正面にしながら衛は左側に、きさらは右側に腰を落ち着ける。
 どこから話すか、と貴海は腕を組んで考えていたようだ。きさらがティーカップに一口二口つける。
「まずは現し身の花を新字の源に捧げる」
 急に話が始まった。きさらが慌ててソーサーに戻すと、改めて確認された。
「花影の儀からで問題ないな」
「はい。すみません」
「では続きを。現し身の花を新字の源に捧げて、花影が人になったことを自他共に認める必用がある。ここは衛。現実を見られる君が大切だ。他の誰が見えなくても君だけは、花影の存在を認識する。それが、彼岸の管理者の重大な役目だから」
 まさかそこで自分が重要な役割を振られるとは思わなかった。意外ではあったが、怖じ気づく気はない。貴海やファレンがこだわっていたのは、これからのためでもあったのだ。そう考えると、助言をくれていたファレンには前の無礼を謝らなくてはいけなかった。申し訳なさが過ぎる。
「次は葬儀の段階だ。後味も心地も良くないからしっかり向き合うように」
 衛は些細な意味の違いを感じたが、疑問は口に出すほどではないと、閉ざす。
「実体となった花影たちの字を、正しく分解する。ここはきさらと七日が主導してもらいたい。花の世話でしていたのと同じ手順だが、生きている字を切り離していくのは、心底自分に嫌気が差す。できるか」
「はい」
「随分とあっさりと」
「だって、結局は花と変わらないでしょう。貴海さんたちと違って私は思い入れがありません」
 花影は此岸にとって紛れもなく侵略者だ。もとから此岸の安全を優先させると決めているのだから迷いが生まれるはずもない。
 貴海が説明する手順もまどろこしい気すらしてしまうのが、きさらだ。
「そうか。字を切り離したら、用意して置いた箱に分解した字を入れて、河に沈める。それで葬儀は終わりだ」
 流れは確かに葬儀だった。此岸の人も亡くなったら、亡骸と箱を別室に一日安置して箱に字が流れていくようにする。翌日、その箱を此岸と彼岸のあいだの河に落として、別れの言葉を投げかける。
 さようなら、と「またね」を何度も繰り返す。
 河に沈みながら見送られるのはどういった気分だろう。自分もいつかは味わうのか、それとも知る前に滅びるのか。
「葬儀の手順は分かりました。ありがとうございます」
「礼はいいから俺とファレンは彼岸に置いていかれるようにしてくれ」
「水上さんが話さなければならないことがあると」
 まだきさらは諦めない。貴海もまた頷かない。
「いい加減にしてください」
 こじれた大人二人に、衛はそろそろ苦言を呈することにした。
 きさらの立場は分かる。だが、貴海の気持ちも分かる。そうしてきさらの事情は察せられても貴海に関する事情を自分たちは何も知らない。このまま強引に腕を引っ張っても、自分から腕を切り落として離れていくだろう覚悟を貴海から感じていた。
「きさらさん。俺が説明するから、何とかするから、貴海さんとファレンさんにはいまのまま彼岸の管理を続けてもらおう。それで、貴海さん。ここで無理を通しますから具体的に、どうしてファレンさんは彼岸を離れられないのか理由を教えてください」
「ファレンがいなくなると俺が世界を滅ぼしてしまうからな」
 本気だった。一笑に付すどころか冗談を言うなと、怒りだしてしまいそうな内容だというのに、貴海が口にしたのは紛れもなく、事実だと分かる。きさらも何も言えずにいた。
「水上さんならその理由で通じるさ。あとは、由為を無私の人と由縁があると花影に差し出して、どうなるか。もうひと頑張りといったところだな。無理はするなよ」
 自分のすべきことはあらかた済ませたと貴海は席を立つ。ティーカップを片手にして談話室を出る前に、きさらは尋ねた。
「貴海さんは花影を葬ったことがおありなのですか」
「あるよ」
 答えは続かなかった。扉が閉じられる。
 衛ときさらはしばらく黙りこくる。何を言えば良いかはわからないが立ち去りづらい。ちびちびと茶を減らしていると、きさらが唐突に身を伏せた。長い、どこまでいっても終わらないのではないかと不安にさせるほど長い息を吐く。急に顔を上げたかと思うと、衛を見て恥じらうように笑う。
「なんかもうしっちゃかめっちゃかね」
 らしからぬ言い方だからこそ本音が明らかに見えて面白かった。
「そうだね。もう何が何だか分からないけど……一つ見えてきたものがあるよ」
「なあに?」
「俺たちは由為くんたちのように世界も救えないし、貴海さんみたいに滅ぼしもできない。すべきなのは、大切な一人一人の意思を尊重することだってこと」
 七日と由為は紛れもなく勇敢だ。世界が危機に瀕したときに自分で考えてなんとかしようとする。間違えたらやり直し、失敗したことを認めることができる。
 貴海はファレンを守り抜くという確固とした意思がある。長年熟成された花のように濃縮された決意を翻させることはできないだろう。
 その二人と同じ場所で自分の理想を叶えようと競っても絶対に負ける。だから、衛がするのは違うことだ。
「地道に、確実に。手を伸ばして届く範囲の人たちを救いたい。きさらさんも協力してくれないかな」
 衛としては信頼しているきさらだからこそ言ったのだが、言われたきさらのほうが泣き出しそうに顔を歪めたことに慌ててしまう。
 まずいことを言ってしまっただろうか。
「ごめんなさい。嫌とかじゃなくて、彼岸に来てから初めてまともに頼られた気がして」
「きさらさんは此岸でも彼岸でも大切な人だよ。あなたがいなくては成り立たなかったことは、たくさんある。俺は、それを知っている」
「やだ。口説かれているみたい」
 くすくすと笑われる。どうしたものかと、頬をかく衛にきさらは頷いた。
「そうね。私たちは、世界を救うことも滅ぼすこともできない。だから、やれることをやりましょう。まずは…‥花影の葬儀ね」
「あと花影は無私の人、おそらく由為君の謝罪を求めているから。それもだね」
「やることがたくさん」
 まったくだ。


 由為の部屋を尋ねると、みっしりと人が集まっていた。机の椅子に由為が座り、ベッドには七日と花嬢、花影と弦はクッションを持ってきて床に座るなど花影も人も入り乱れだ。
「ここで変革を使ってカードを変えたらこっちの勝ちになるじゃねえか」
「そんないかさましたくないです」
「由為の言う通りよ。ちゃちな四、五手目に変革をするんじゃなくて、もっと大一番で使わないと」
「だからいかさま自体俺はしたくないんだってば」
「由為くんは真面目だなあ」
 カードで盛り上がっているところに水を差したくはないのだが、衛は由為に声をかける。「いま、いいかな」
「どうぞ。俺だけに隠し事とかもしなくていいので。花影の皆さんのいるところで、大事なことを言ってください」
 全員の視線が向く。一瞬だけ、たじろいでから背筋を伸ばした。
「無私の人の字をひいているのは、由為君でした」
 今度は由為に視線が集まった。指名された由為といえばあっさりと納得しているようだった。疑問も反論も口にしない。
「花嬢さん、影生さん。俺より前の人が約束を破ったみたいだけど、謝るだけでいいんですか?」
「そんな簡単に頭を下げるのかよ」
「だって最初に悪いことをしたのは俺の前の人なんでしょう。こんくらいで許してもらえるのならいくらでも謝りますよ」
「それでも、由為がしたわけではないでしょう」
 前回の話し合いでは、花影たちは自身を葬った人に結構こだわっていた気がする。だが、その怒りの矛先が由為だと分かった途端に先が丸くなった。謝罪を要求するどころか謝られることを避けていた。
 由為はさらに言い募る。
「俺がしたわけではなくても、花影の人たちの生き方を台無しにしたのは事実でしょう。此岸の人として、俺は謝りたい。それでも駄目ですか?」
「……花嬢。こっちも謝られないと筋が通らねえ。これで手打ちでいいか?」
「そうね。由為がもっと、憎める人だったら良かったのに」
 深々としたため息を花嬢は吐いた。
「では改めて。花影のみなさん、此岸が為した無礼をどうかお許しください」
 由為は椅子から立ち上がると頭を下げた。五秒ほどしてから花嬢が頭を上げるように促して、また椅子に戻る。
「後は花影の方々の葬儀ですが、彼岸の管理者として俺ときさらさんと七日さんが執り行います」
「準備は進んでいると聞いてるわ。いま、影君が現し身の花の確認へ行っている。でも、あなたたちにできるの?」
「彼岸の管理者として全力を尽くします」
「でも、衛さんときさらさんは此岸の人間でしょう」
 鋭い一撃を差し込まれた。弦はカードを手にしたまま口持ちに近づけて笑う。
「自分たちが一番可愛い此岸の人たちが、誠意を込めて花影を送れるんですか?」
「弦さん。いろいろ間違っているよ。此岸の人たちであっても、衛さんときさらさんが彼岸の管理者であることは矛盾しない。私はそれだけ、二人が彼岸の管理者の役目を果たしてきたのを見てきた。あと、自分たちが一番可愛くて何が悪いの。そうでないほうがおかしいよ」
「七日さんはまだ、犠牲というものを知らないから」
「あなたが犠牲を美しいものと決めるのは勝手だけれど、私たちまでその価値観に巻き込まないで。少なくとも、私は由為君を失った三年間とても辛かった。その私以上に衛さんは後悔していたからね」
 七日は堂々と話を締めた。反論したければどうぞ、という姿勢に、弦は言葉を重ねようとするが、影生の豪快な笑い声が遮る。
 腹を抱えてくつくつと笑いながら、影生は喋る。
「お前の負けだよ、弦。俺たちは花影を見送るのが衛ときさらでもかまわねえ。だから余計な茶々は入れんなよ。花影にも人にもなれなくて、寂しいのは分かるけどな?」
「べつにさみしくないです。僕は、貴海さんとファレンさんが一緒にいるのを眺められたらそれでいいので」
「と、いうわけだ衛ときさら。花影たちを迷わず送ってくれ」
 花盗人で剣を交わしたこともあるから認められたのか。影生と花嬢から敵対の意思はすでになく衛も気持ちは同じだった。
 彼岸の管理者として花影を安らかに見送りたい。

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