舞の狭間にて君想う

蛇紋さんのお子さんである明さんとアングイスさん、ザカリアさんを書かせていただきました。こちらのキャラクターは蛇紋さんに権利があるため、転載などといった行為を禁じます。

 
 濃厚な蒼天広がる模型の街。その中心にある広場で女性は舞う。
 顔を隠すヴェールをまとわせながら「久遠の夢亭」の冒険者であるアングイスは、薄い靴で石畳を叩きながら軽やかに跳ね上がり、服の裾を風に合わせてたなびかせる。その様子は妖精が湖畔で密かに喜びを味わっている、幻想の光景だった。アングイスの背後で仲間であるザカリアが高低の声を使い分けて詩を添えていくのもまた、舞を味わい深くさせる。流れる詩に合わせてアングイスの花弁は散り、風になびいて空に吸い込まれる。
 観客を楽しませる。その報酬として手に入れられる銀貨を一枚たりとも失わないように、一挙一動に気を配りながらアングイスは舞う。だが、模型の街に不似合いな華やかさに惹かれて集まる観客の群れに、一際背の高い青年を見かけてしまって、思わず頬が緩んだ。気がつかないあいだに力の入っていた腕が軽やかにしなる。
 あえて一瞬、観客にくるりと背を向けてしまったのは、青年から向けられる視線の熱さのため。直視することによって火傷しないために必要な動きだった。ザカリアからは一瞬だけだが、大丈夫かと問われる。それには微笑を返した。
 もう一度、集まった観客に向かって大きく腕を広げる。小さな黒い山の中に、褐色の青年であり女性でもある、明の姿を確かに認めた。一つだけ飛び出ているのは身長の高さだけではない。
 アングイスは舞うことに大量のリソースを割いているが、それでも明を意識せずにはいられない。どれだけ自分にとって大きい存在であるかを実感してしまう。
 大きい。そう、視界をかすめるだけで意識が塗りつぶされるほど。
 私にとって明の存在は大きいの。
 アングイスは与えられる圧力に、不快よりも温かな感情を覚える。自分も愛せる誰かがいること。想いを伝え合っているわけではないが、愛してくれている明がいるということ。その熱はなんと天谷金物だろうか。
 もしかしたら、冒険者として生きていくために銀貨を稼ぐ必要があるとはいえ、明はアングイスが多くの人に見つめられること、そして魅了させることを快く思っていないのかもしれない。
 だとしたら、少し恥ずかしい。そんなに拗ねなくともアングイスが手を取るのは明だけだというのに。
 ザカリアの詩が途切れる場面を計りながら、そっと目配せを送る。長い間付き合ってくれた仲間はそれだけでこちらの意図を察してくれて、肩をすくませはしたがこれからの戯れに協力してくれるようだった。
 今日の稼ぎの半分は渡さなくてはならないみたい。
 アングイスはくすくすと面白くなりながら、ザカリアの詩が徐々に掠れていくのに合わせて、動きを止める。腕を下ろし、一度宮廷詩人が行うように観客に向かって片膝をつくくらいまでかがんでから、立ち上がった。
「la―――la―aha――――」
 それは、黒銀の鈴が朝露に濡れて揺らされる時の音。透明に響いて世界を揺らしながら最後には消える儚い旋律。
 アングイスの口から放たれる細く絡みつく、歌声に観客は静まりかえった。
 紡ぐのは愛の歌。光を見上げ、讃え、祈るだけの愛の歌。
 これだけで伝わることを信じている。だって、それほど寄り添ってきたのだから。舞う私を焦がすあなたの瞳が太陽であるように、そう、あなたは私の光なのよ。
 明。いえ、アナトール。
 歌の心地よさに合わせて身を揺らせる聴衆の中で、明はただ一人腕を組んで笑っていた。アングイスの口元もゆるりと柔らかく綻ぶ。
 その時は世界に二人だけだった。光と光が混じり合い、全てが白へと帰していく。
 だというのに。
「なあ! いま、俺を見てあの子は笑ってくれたぜ」
「んなこたぁ知らねえよ。でもまあ、顔は見えないけど雰囲気いいよな」
 無粋な声は切れ味の悪いバターナイフのように、白い世界をざくざくと切り裂いて元の模型の街へと戻していく。そうなると、一気に距離が生まれた。明の顔が歪む。
 あ。これはだめ。
 アングイスが止めるよりも先に明は動き出していた。笑顔の仮面の下に怒りを潜ませながら、銀貨を投げようとしている先ほどの男性二人に、声をかける。
「なあ、あんたら。さっき言ったことを覚えているか?」
「ん? なんだよ」
「彼女が可愛いまでは許す。だけど、その後。思い上がるんじゃねえ」
 明の低い声に、徐々に男性たちの腰が引けていく。それから、彼らはごくごく普通に生きているだけだということがすぐに分かった。冒険者として死線をくぐってきた自分たちが、本気で手を出していい相手ではない。
 アングイスは静かに止めに行く。それを見ているザカリアは呆れ顔で、やはり今日の稼ぎの大半は渡さなくてはならないだろう。
 不穏な雰囲気を面白がる空気の中、アングイスが近づくのを認めると明はその名前を呼んだ。
「アングイス」
「あんなことくらいで怒らないの。ね?」
「あんなことじゃないだろ。アングイスは俺のだってのに許せる勘違いじゃない」
「私だって同じよ。でも、明が私の明でいてくれるなら、大丈夫。他の人が何を思おうが関係ないわ」
 破られた二人の世界がまた閉じられていく。
 女の観客たちは目の前のやりとりに頬を赤らめ、黄色い声を響かせる。男性たちはといえば苦笑していた。
 最初に絡まれた災難な二人組はただただ呆気にとられ、手の中の銀貨をザカリアに回収されていく。
舞は終わり、模型の街は少しずつ日常を取り戻し始めていく。唯一の異端である明とアングイスは見つめあいながら、謎めいた笑みを世界に向けた。
 私たちの関係を知らしめる必要なんて、どこにも、誰にもないでしょう。
そういった笑みの真意に気付いているザカリアだけが、苦笑しながら息を吐いた。

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