美少女ゲームをたしなむ乙女

 相武和良は美少女ゲームをたしなむ乙女だ。
 好きなジャンルはシリアスファンタジーか甘々現代もので、一番安心してプレイできるのは主人公に好ましい固定ヒロインがいる作品。苦手なオチは推しヒロインが闇に堕ちるエンディングで、好きになるヒロインは天然な性格が多い。
 あまり美少女ゲームはやらない川越比奈だが、誰もいない放課後の部室で美少女ゲームについて和良と小さな声で話すのは、木曜日の習慣になりつつあった。
「期待の新作はどうだったの?」
「『時の鐘が揺れる海で』だが、あれは良かった。年上ヒロインのアルカだけを主軸にしていたのが私好みだ」
「それは良かったね。先月の『まいらぶリソース』はというと」
「惜しい。非常に惜しかった。ハーレムものだが、珍しくヒロインの一人である小夜音につられてやって……」
「華麗なる苦手シチュエーションが五連続だったんだ」
 机につっぷして、何度も首を縦に動かす。そのたびに緩く結われている和良の長い黒髪が揺れた。作品とメーカーを貶めないのは乙女の矜持だが、それでも途中で心が折れるのは避けられなかったらしい。
 比奈は授業のプリントをしまいながら帰宅の準備を進める。まだ中身が残っている紙パックのアイスミルクティーをストローですすりながら、和良が顔を上げるのを待った。
 美少女ゲームというものは博打の要素が高い。ときに胸に一筋の風を通すほどの感動作もあれば、耐えがたくてワイヤレスマウスを放り投げるものまであるそうだ。それでも、どうしてするのかと聞いた時に返された答えは忘れられない。
 ちゅる、ともう少しで紙パックが空になりそうな音がした後に和良はようやく顔を上げた。右手と左手の人差し指を比奈に向けて言う。
「今日も私は私による私のための美少女ゲームを考えてきた」
 毎週のことながら、細かなことだ。週にいくつもある課題をこなしつつも和良は自分のやりたい美少女ゲームを比奈にプレゼンテーションしてくれる。
 それは確かにどこにでもありそうだが結ばれることのなかった要素を掛け合わせたものだから、比奈としても聞くのに飽きることはなかった。
 比奈の前に三枚のレポート用紙が置かれた。内容を流して読む。
「『ノイズを掻き消して』ですか」
「『ノイズを掻き消して』です」
 確認をしてから和良は二回、咳ばらいをする。
「主人公はいつものことながら美形で顔出しも有りの男性で、名前は相沢志乃。十八歳以上の百七十九センチメートル。今回は長髪にしてみた。首筋あたりで結んでいて、正義感が強い不器用な」
「そこまで浮かんでるなら、絵に描いたほうが早くない?」
「私に絵を描く神技術があったらとっくのとうにしているさ。以前にあった画力の残念さ事件を覚えているだろう」
 前に和良が三角の耳の動物を描いて、通りがかったゼミの友人に「つちのこ?」と言われていた一件を思い出した。比奈は素直にごめん、と謝る。
 和良はそんなに気にしてはいないのか、説明を熱心為続けていく。
「世界観はふんわり現代学園ものにして、志乃が通う学園内で人身売買が起きていることを知る。友人から現場を聞いて、乗り込んだ時にメインヒロインである楠木瑞奈と出会うんだ」
「ちょっと質問。楠木ちゃんは悪役に捕まってるの?」
「いや。捕まっているのは瑞奈の友人だ。友人を助けに来た時に瑞奈は志乃と出逢って、その人身売買をしていたグループを撃退する展開になる」
「ふうん」
 いきなり人身売買とな。
 物騒な単語が出てきたが比奈はつっこまない。和良が自分のためと断言する美少女ゲームの要素でいわゆる反陵辱のネタは欠かせないためだ。今回もそこにまつわる話の種だろうと推測する。
 話を続けても良いか、と言われたので頷いた。
「そうして瑞奈と出会った志乃は、生真面目ヒロインである瑞奈の「学園内犯罪駆逐活動」を手伝うことになる。最終目的は敵の頭である日向充をつかまえて勝利することだ」
「なんか話が戦闘ものになっていない?」
「実はその気が私もしていた」
 美少女ゲームに戦闘が混じることはわりとあるが和良の考えている美少女ゲームは目的が定まっていないうえにずれている。比奈が指摘すると和良は赤いペンをペンケースから取り出して考え込む。
「いやな、言いそびれていたが私は辱められる少女たちを性的な目で見ない主人公を描きたいんだ。だがヒロインは別として」
「今回もオンリーヒロイン制度なんだね」
「相武ブランドのお約束だ」
 以前から聞かされているが、和良は攻略対象が複数いる美少女ゲームにすることを意図的に避けている。もとからヒロインが固定されている美少女ゲームを好んでいるが、自分で考えるとなると、主人公と結ばれるヒロインが複数いるのはありえないようにしていた。
 和良の考えるゲームの話を聞いていると、比奈は勝手ながら和良自身の強い独占願望を垣間見ている気になってしまう。多少は理性が働くようになったため、現実の対人関係は抑えられているだけで、本当は絶対不朽の愛を欲しているのではないか。
 そんなものがないと寂しく理解しているからこそ。
「で、この学園ではどうして人身売買なんてあるの」
「世界観に戻るが、これはジャンルでいうなら現代フィロソフィーで」
 つまりは現代哲学とな。
「テーマは硬派を貫く青年が抱いてしまった性欲に対する疑問と答えだ」
「人身売買はどうなるの」
「主人公である志乃との対比として存在させる。あと瑞奈の過去も絡めて」
「人身売買まで大きくするとテーマがぶれる気がする。もっとシンプルに性的暴行が受容されているのを止める、にしたら」
 比奈の提案に和良は納得したようだった。赤いペンで自分の資料に書き込んでいく。
「腹立たしいがこの学園内で性的被害は許容されている。それが許せない瑞奈を志乃が手伝うことになるんだな」
「自主的に? それとも付き合わされるの」
「自分からだ。志乃も性的暴行を見過ごせる性格ではない。なぜか。それは志乃の姉も同じ学園で遭っていたためだ。志乃は性的暴行を起こす原因を壊すために同じ学園に入学した。そうして正義感の強い楠木瑞奈と出会い、志を共にして惹かれあっていく。よし」
 和良が納得する。
 比奈は再びレポート用紙を読んでいく。いま話をしていて深まった部分もあれば新しく出てきた話の種や流れがいくつも見つかった。たとえば、最初の相沢志乃はもっと一匹狼の人物として描かれている。
「相沢さんと楠木さんの関係はどういったものなの」
「初めは瑞奈が志乃の手っ取り早い行動を止めながら進んでいくため、志乃は瑞奈を少し疎ましく思っていた。だが、ある決定的な場面。そうだな。瑞奈が自らおとりになって、捕まってから志乃は瑞奈の存在が自分の中で大きなものになっていることに気付く。ロマンスの始まりだ」
「二人が惹かれていく過程はしっかり描くべきだね」
 もちろん、と和良は頷いた。
 相武ブランドの思想が作品として世の中に出るかは分からない。だが、考える楽しみを奪うのは野暮を通り越して暴力だ。
 和良は確固とした信念を持っている。それが言葉や文字だけの空虚だとしても、大切にしたい。
 比奈は空になったミルクティーの紙パックを机の上に置く。さらなる熱意をもってプレゼンテーションする乙女を微笑ましく眺めていた。


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