無音の楽団リブースト!(一括掲載版)

 これは記録。
 カクヤから始まり、最後の仲間との再会に至るまでの短い日誌だ。
 だから主人公はこの日誌を手に取って解釈するあなたしかありえない。
 これは二人称小説、だ。

三月九日

 カクヤが目を覚ます。
 彼は初めて見る寝室になぜかいるという状況に疑問を抱いた。これまで自分がしてきたことを思い出そうとしているようだが、どうしてか思い出せる記憶がない。混乱していた。
 だが、きっと彼の記憶が欠落しているのではなく、カクヤという存在が時と場所を飛躍してこの寝室にいることになったのだろう。
 カクヤはサイドテーブルに手を伸ばすと一枚の紙に触れた。取る。
 紙には一行だけ短く書かれてあった。

「仲間を探せ。無音の楽団を再び鳴らすんだ」

 なんのこったとカクヤは思うが、とりあえず寝室を出ることにした。
 そしてそこは見知らぬ寝室だと思っていたが、宿屋の三階にあるカクヤの部屋だった。どうしてそんなことにも気付かなかったのかと、首をひねりながら階段を下りていく。
「よお。起きたかねぼすけ」
 カクヤはまだ名前を知らない、頭頂部は寂しいが体格の良い親父が声をかけてきた。
「お体は大丈夫ですか?」
 事情を知っているらしいクランベリージャム色をした長い髪の少女が心配げに話しかけてきた。
 返事に困ったようだ。カクヤは曖昧な笑顔だけを浮かべて、少女に案内されるままテーブルに着く。
 そうして親父から聞いた話は突拍子のないものだった。
「なんてこった!」
 喜劇の道化さながら大間抜けに言ったのだが、カクヤの現在いる宿「沈黙の楽器亭」の親父は笑うばかりだ。
「なんでもあるさ。ここにも、ここからもな」
 それは真理を突いている言葉だった。
 カクヤが主役、そうだ。この点を忘れてはならない。カクヤは紛れもないローファンタジーの世界観を軸としたゲーム「カードワース」の世界で生きていて、さらに『無音の楽団リブースト』という物語の主役である。
 カクヤは読者に情報を伝えるための視点でも、心を同調させるための主役でもない。
 だから、この小説が一人称もしくは三人称モノ視点という甘い期待はここで消え去る。
 最初にも書いたとおりこの物語の視点となるのは、いまこの文を読み進めている「あなた」だ。
 あなたが推理をする必要がある。
 さて話を戻そう。
 カクヤは「無音の楽団」という冒険者一行のリーダー。正しく言うのならば、リーダーだった。
 だがいまは一人だ。
 そうなった経緯には一つの奇怪な冒険が関わっていた。


三月十日

 カクヤは「無音の楽団」の宿帳に自分の名前だけ記されていることを確認した。あとの仲間の名前は綺麗さっぱり消えている。
 宿の親父と宿の娘に礼儀正しく感謝を述べてからカクヤは「沈黙の楽器亭」の外に出た。
 まずは「無音の楽団」に所属していた仲間を探さなくてはならないと、向かったのは酒場ではない。
 喫茶店だ。その店の外壁は白と青の縦縞模様だ。犬の形の看板を見上げた後にカクヤは店の中へ入る。
 その後に一人の男が姿を現した。
「あいつはもしかしたら、俺を探しているのかもしれないぞ」



三月十一日

 喫茶店で先行きを考えているカクヤに相席の依頼が店から来た。
 カクヤは快く了承する。まだ長居はしていないが、どこにも行くあてがないので無料の情報誌と新聞と地図には目を通しておきたかったのだ。
 新聞で最近の情報を集めているカクヤの目の前に男が座る。
 茶色い帽子を被った浅葱色の髪の男を見たカクヤは、一度、二度と見てあんぐりと口を開けた。指をさす。
「おま、おまえはレクィエ! 無音の楽団にいた盗賊のレクィエだろ!?」
「ああそうだよ。カクヤ。俺たちの感動の再会を喜ぶ前にまずはその指さすのを止めてもらえないか?」
 レクィエの言い分はもっともなものだ。カクヤは恥ずかしくなって指を下ろした。そのまま頬をかいていた。
 くすくすと笑ったあとにレクィエは店員に無糖の熱いコーヒーを頼む。カクヤの目の前にはメロンソーダがあったので「いい身分だ」とレクィエは笑った。メロンソーダはコーヒーよりも少し値が張る。
 カクヤとレクィエは目が合うとあることに気付いたようだ。
「俺たち、別れた時よりもレベルが下がっていないか?」
「ようやく気付いたのか。自分のステータスを確認したらすぐに分かることだろ。だが謎なのは、俺は『盗賊の目』と『盗賊の手』のスキル適性が離散する前より上がっているうえにレベルもお前より一つだけ高くなっている。熟練の称号もついたままだ。カクヤ。これは何かあるぞ」
 レベルが最低であるカクヤは考える。だがいまの時点のカクヤは、現状の課題を二つしか分かっていないようだ。
 一つは「無音の楽団」が離散した。
 つまり仲間を集めなくてはならない。そのために、情報収集や盗賊技能に長けているレクィエと真っ先に再会できたのは幸運なことだ。
 そして二つ目はどうして能力値が下がったかということだ。
 カクヤの目に映る街並みは変わらずささやかで、空も圧迫すら感じられる濃い青が広がっているというのに、どこか以前と違ってしまっているようだ。
 考えるカクヤだが、レクィエの下にコーヒーが置かれてからメロンソーダで乾杯する。からん、と氷が溶けた音と連動するように、ふと思いついたようだ。
「レベルが下がっているのに意識があるということは、俺たちは死んでやり直したとかじゃないな? なにか理由があって、過去に引き戻されたのか?」
 ここでレクィエがある情報を取りだした。これは大事な手がかりになる。
「ああ。死んではいない。だがここは過去でもないようだ」
「どうして過去じゃないとわかるんだよ」
「俺たちには未来の記憶がない。過去の記憶を失って、現在にいるんだ。わかるか? この意味が」
 カクヤの沈黙は考えていることによるようだ。あとは、他人から自分たちが死亡していないことを保証されて、安堵したのもあるだろう。
 だが、どうしてレクィエはカクヤの言うとおり、「怪我をしたわけでもないのに扱える技能は減少して能力値も下がっている。だが、カクヤたちは過去に戻ったわけではない」と保証できるのだろうか。
 レクィエはカクヤの知らない情報か手がかりを持っているのは確実だった。
「まあ、とりあえず我らが宿である『沈黙の楽器亭』に案内してくれ」
「飲み終わったらな」
 カクヤはメロンソーダのストローに口をつけて、炭酸の強さに咳き込んだ。眺めているレクィエはその様子が面白いため笑った。

 喫茶店の二人分の代金をカクヤが支払い、二人は沈黙の楽器亭に戻っていった。
「俺はここに帰れなかった。だがカクヤとなら帰ることができた。これは一体どういうことだ?」
 古びた木造の宿を見上げたレクィエは誰にも聞こえないように小さな声で呟いた。
 これも謎の一つだろう。同時に情報だ。
 沈黙の楽器亭にはカクヤがいないと帰れない。
 そのカクヤが、宿帳を開いたと思うと声を上げた。
「どうした!」
 レクィエが慌てて宿の中に入る。
「喫茶店に入る前に見た無音の楽団の宿帳には、俺の名前しかなかった。だからいまレクィエを登録するためにこれを開いたんだが……!」
 一行しか埋まっていないはずの宿帳に記されている名前は二つある。
 最初は「カクヤ」で終わりは。
 「サレトナ」だ。
 顔を見合わせた。


三月十二日

 顔を見合わせたままだったカクヤとレクィエだが、再び宿帳を見ると「サレトナ」と記されていた。
 何が起きているのかは不明だ。不明だが書かないと先に進まないのでレクィエは宿帳に自分の名前を記した。
「そういえばレクィエってどこで字を勉強したんだ?」
「素敵なお姉様たちが集うところでさ」
 説明されてもカクヤは首をかしげるばかりで、レクィエは自分たちのリーダーにはこういったジョークが通じないことに、苦笑と小さな落胆を覚えたようだ。
 だがしかたない。カクヤは郊外の村として一般的な育ちをしてきたため、美しい女性が集うところと喩えられても、あの場所は浮かばない思考をしている。
 これを読んでいるあなたは「あの場所」がどこであるかはすぐにわかるはずだ。察しの良い方はすでに「あの場所」が「どこか」も読めているかもしれない。
 そのあいだにもレクィエは宿帳に自分の名前を記入し終えた。
「だが俺はカクヤと合流しなくては『沈黙の楽器亭』に来られなかったというのに、どうしてここにサレトナの名前があるんだ? サレトナはもうここにいるのか?」
 レクィエの話を聞いたカクヤが宿の親父と娘にサレトナのことを尋ねる。
「あの跳ねっ返り娘は、いまここにいないな」
「あの落ち込んだ方は、すでにここを出ていかれました」
 サレトナも「無音の楽団」の仲間たちを探しながら歩き回っているのだろうか。
 宿で手に入れられたヒントは、サレトナもこの街にいた、もしくはいるということだ。
 カクヤはいることを信じてまた街に飛び出した。レクィエも続く。
 いま隣を歩くのが、探している少女ではなく別の仲間であることに不思議な気持ちになりながら、カクヤは話を始めた。
「信じられないかもしれないが、俺は五人の仲間の存在は知っていた。なのにサレトナの名前は宿帳に出るまで全く浮かばなかったんだ。俺は彼女を守ってやると言ったのに、なんて情けないことだ」
「まあそんな気に病みなさんな。ほら、俺に字を教えてくれるような素敵なお姉様たちが集う場所に来た」
「俺たちの仲間の名前は」
「ソレシカ」
 レクィエがぽつりと呟くと、カクヤは手を打った。
「ソレシカ! そうだあいつのことは覚えているぞ。赤い髪と瞳が目立つ頼りになる仲間だが」
「あそこだ! ソレシカがいる!」
「なんだって」
 カクヤは娼館から出てきたソレシカに大きく手を振ったが、レクィエは慌てて止めさせようとした。すでに陽は落ち始めている時間だが、仲間に娼館にいたと知られたくないだろうという思いやりだった。
 だが、気付いてしまう。
 ソレシカはカクヤとレクィエを見つけて大きく目を見開き、走り出した。
 気付かれた二人といえば。
 なぜか。
 反射的に。
 逃げ出していた。
「待て! お前たちは無音の楽団のカクヤとレクィエだろ! 俺も捜していたんだぞ!」
「じゃあなんで娼館にいたんだよ!」
「情報収集の基本だろ馬鹿それでも盗賊か!」
「そだな」
 レクィエは足を止めたが、止めそびれたカクヤは派手にすっころんだ。
 敏捷では劣るソレシカはようやく二人に追いついたところで、見上げる。
 行って戻ってしまったのか、三人は気付くと「沈黙の楽器亭」の前にいた。
 これは都合は良いと、ソレシカを登録するためにまた宿の中に入る。だというのに宿の親父も娘も怪訝な顔は全くしていない。
「なんだこれは!」
 ソレシカが記入した宿帳を見て、二度目の叫びが上がった。
「タトエの名前まで出ているぞ!?」
 カクヤの驚きにペンを動かす手を止めた。なんだなんだとレクィエものぞき込む。
 宿帳には五人目の仲間として、ソレシカの隣に「タトエ」が浮かび上がっている。その字をソレシカは、破るように、食い入るように眺めていた。
「たと、え」
「そう! 俺たちの一番の星、タトエだ!」
「誰だそいつ」
 まさか熱心一途にタトエへ愛を囁いていた男とは思えない言葉に、カクヤは困惑して、レクィエは頭痛を覚えたようだ。
 何が一体どうなっているというのか。
 疑問を整理することをおすすめしよう。


三月十三日

 カクヤとソレシカとレクィエの三人は、宿の食堂にある大きなテーブルに座りながら、現在の疑問をあぶり出していた。
 大きな問題は「無音の楽団」の仲間たちが全員揃っていないことだ。だが宿帳によって五人までは存在が証明されている。だから手がかりはある「サレトナ」と「タトエ」は必ず見つけなくてはならない。
 他に気になるのは宿の親父がカクヤに話した「奇怪な冒険」によって何が起きたかということだ。
 そのせいでカクヤたちのレベルは下がり、覚えていたスキルも忘れ、仲間たちもばらばらになった。
 六人で最後に宿を出た冒険で何かがあるのは間違いないだろう。
 だが、冒険について知る前に、全員が集まらなくてはならない。なにせいまはレクィエとソレシカから教えられた謎を知ってしまったのだから。
「俺がいないと無音の楽団に戻れなかっただって? なんだそりゃ」
 カクヤが呆れた声を上げた。
「おかしな話に聞こえるかもしれないが、俺もソレシカもカクヤと合流するまで、無音の楽団と沈黙の楽器亭については知っているのに、宿にたどりつけなかったんだよ。それこそ一体どういうことだ」
「俺が知るわけないだろ」
 こん。
「だろうな。だから俺は、今回の事件は認知の問題じゃないかと見ている。本来ならこういう話はサレトナが一番得意なんだが、いまはいないんだろ? だったら地道に情報を集めていくしかないな」
 こん。
「まあ確かにな。謎といえば、あと」
 こんこんこん。
 どうやらカクヤたちはようやくノックの音に気付いたようだ。接客に出るはずの宿の親父も娘も声をかけない。意味深な視線を向けただけで終わった。二人はノックの主が無音の楽団の関係者だとすでに気付いているのだろう。だから、任せたのだ。
 三人は視線を交わすと、ソレシカが立ち上がりかけるが、カクヤは制して立ち上がる。
「無音の楽団のリーダーは俺だから。厄介事は背負ってやるよ」
「頼んでいないんだがな」
 憎まれ口を叩きながらもソレシカの口元は和んでいた。
 開けられた扉の先には、いた。
 茶色い髪と鼈甲の瞳の少年が扉の外に立っていた。
 そのまま少年はカクヤに飛びかかる。ソレシカも目にした瞬間すぐ立ち上がり、レクィエも座ったまま驚いている。
 読んでいる人はすでに気付いただろう。
 この少年こそ無音の楽団の「タトエ」だ。
「カクヤ! カクヤ! ようやく会えたよ」
「おちつけタトエ、ソレシカの視線がすごく怖い」
 タトエを忘れていたはずのソレシカは眉間に強く皺を寄せてカクヤをにらんでいた。嫉妬が混じるものではないが、不満の思いは青い背中に痛いくらいびしばしと刺さっているのだった。
 タトエはカクヤから離れるとソレシカへゆっくりと歩いていく。すぐそばに立つと、三十センチメートル近い身長差があるためか、首を痛いくらいに曲げて見上げた。
 その瞳に浮かんだ感情はどういったものだろう。喜びか、それともソレシカがタトエを忘れていたように、タトエもソレシカを忘れていたのか。
 タトエはにっこりと笑う。
「ただいまソレシカ!」
「タトエ!」
 ソレシカは小さな体をひしと抱きしめるがレクィエがソレシカの服を引っ張ったことによ
り二人はすぐに離れることになる。
 そして席に着いたタトエは言うのだった。
「びっくりしたよ。沈黙の楽器亭は見つかったけれど、カクヤとサレトナ以外の名前が消えていたんだもの!」
 ホットココアを飲みながらの発言に驚いたのはレクィエだ。
「待て。お前、カクヤがいないのに沈黙の楽器亭に戻れたのか!?」
「うん。戻れたのは今日のちょっと前かな。それでもう一回、街を見てからまたここに帰ってきたんだけど、誰かいるか知りたくてノックしたんだよ」
 ここでまた疑問が一つ生まれた。
 無音の楽団にカクヤがいなくては帰れなかったレクィエとソレシカ、だがいなくても帰ってこられたタトエがいる。
 これは一体どういうことだろう。
 気になる方は、登場した順番とそれぞれのキャラクターが寄せている好意について考えてみてもらいたい。
 カクヤはサレトナを守りたいと思うほど強い好意を寄せている。恋であるにしろなきにしろ。
 ソレシカもタトエに熱烈に愛しているし、タトエはそれを満更でなく受け取っている。
 だがレクィエはいま揃っている仲間たちを大切に思ってはいるが、それは特別な感情ではない。
「つまり俺たちは大切な仲間であればあるほど、強く忘れているということか……サレトナ」
 カクヤはまだ姿を見られていない橙の少女の名前を呟いた。空もすでにその少女の髪の色だ。早く見つけ出したいと気持ちばかりが焦っている。
「あー。お前たち。ちょっと話があるんだが」
 ふと宿の親父が言った。
 これからメインキャスト以外による情報が明らかになる。この物語の要点はつかんでいるだろうか。
 つかんでいない場合はもう一度、おかしなところを思い出したら一つくらいは答えが浮かぶ。かもしれない。


三月十五日

 ここからは宿の親父に場を譲ろう。彼の説明はとても重要だ。
「無音の楽団へ最後に持ってこられた依頼は、よくある謎の遺跡を調査する前の下調べでな。学者連中が遺跡の調査に入る前に、危険な妖魔などがいないかをお前たちは確かめに行ったんだ。遺跡にある余計なものには触らない、という約束をしていたんだが、カクヤを連れて帰ってきた唯一助かった呪い持ちの奴が言うにはおかしなことが起きたらしい。そのおかしなことの詳しい内容は俺も聞いとらん。ただ、『無音の楽団』は一度解散することになったと言って、カクヤ一人を置いてった奴は結構な金も臨時の宿代として置いて、去った。そこまでだな」
 ここで話は終わる。ホットココアはまだ冷めない程度の時間で話は済んだ。
 謎はいくつか解決したがまた増えた。
「俺を連れてきた仲間って誰なんだ?」
 カクヤは宿の親父に尋ねるが首を横に振られるだけだった。娘も別の客へ熱心に焼きたてのパイの良さを語っている。
 これもどうやら「無音の楽団」が思い出さなくてはならない冒険のようだ。
「まあ、金が減っているのもまだ現れていないサレトナか、誰かが払ったんだな」
 ソレシカが納得する。豪商の息子であるため、わりと金には拘る男なのだ。
 四人は机を囲んで悩む。仲間があと二人欠けているのが惜しくて、悔しいという思いは強く共通している。
 宿の親父はその様子を見ながら、それとなく疑問を投げかけた。
「なあ、お前さんら。『無音の楽団』は解散したというのにどうして戻ってきたんだ」
「勝手に解散させるな!」
「そうだよ! 僕たちは望んで別れたわけじゃない。ただ、何かあったんだ。いまは忘れてしまっている何かが、その遺跡で。でも、弱くなったいまの僕たちのでは、その遺跡に行っても手がかり一つつかめないだろう。悔しいよ」
 タトエはテーブルクロスを強くつかんだ。その頭をソレシカが丁寧に抱え込む。
 その様子を宿の親父はしみじみと眺めながら言う。
「お前たちは、仲間が一番大切なんだな。いままでの冒険や、覚えた技、手にした力や財産よりも何より『無音の楽団』という仲間が大切だった」
「だから忘れたのよ」
 階段の上から声が落ちてくる。
 ここで読んでいるあなたは「そんな登場はずるい!」と思うだろう。
 しかし、彼女の存在はまだ主役であるカクヤが目にしていなかっただけで、存在は示されていた。
 だからこういった登場も許される。
 「沈黙の楽器亭」二階の階段から橙の髪を散らして下りてきたのは、サレトナだ。
「すぐに会えなくてごめんなさい。私がいないほうが、話が進みそうだったから」
 そう言ったサレトナの手には紙が何枚かある。
 かつん、と靴音を立てながら、ぐうるりゆらりとサレトナは階段を一段ずつ下りながら話を進めていく。
「順番に私の推理を話すわね。私たちは遺跡に行った。そこで、奇怪な出来事が起きた。内容はおそらくいままでの冒険の記憶と認知に障害をきたすもの。さらに説明すると、大切なものをより深く忘れてしまう。そんな呪いを私たちは遺跡で発動させてしまった。だから私たちは、互いを認識できずに宿に帰って、自分以外の名前すら忘れていた。……まさにパーティ殺しといえるわね」
「待ってくれ。ならどうして、俺たちはこの宿に戻って、いま仲間たちを思い出すことができたんだ。そもそも誰が連れて戻ってきたんだ?」
「レクィエ。あなたには大切な人がいる? 「無音の楽団」の中で一番大切だと思える人よ」
 その質問にレクィエは答えられなかった。
 だが、サレトナが立ち止まり、その背後にぼうと立つ青年を見つけて、カクヤは最後の六人目が誰なのかようやくわかった。
「あらかじめ、サレトナを殺さなくてはならない呪いを持った……クレズニ」
「今回は、深くご迷惑をおかけしました」
 そうしてサレトナの前に立ち、クレズニは全員に向かって頭を下げた。


三月十七日

 これで無音の楽団の演者全員が揃うことになった。
 テーブルに着くのは上手からカクヤ、サレトナ、クレズニでカクヤの向かいからソレシカ、タトエ、レクィエという順番になった。
 慣れ親しんだ場所だというはずなのにどうにもまだ落ち着かないのは疑問がいくつも残っているためだ。
 それを解決するためにクレズニが話し出す。
「最初に言っておきます。無音の楽団は解散になりました。宿帳に、私たちの冒険の記録は一切残されていないためです。それは、私が行いました」
「どうして? どうして、クレズニはそんなことをしたの?」
 一番純真であるためかクレズニの行動理由が全く分からないとタトエが訴えかける。クレズニは真剣な視線から目をそらさずにいた。受け止めるべきだと見つめ返す。
 それを酷に思ったのはレクィエなのだろう。
「俺が忘れていたのは……クレズニだったんだな。まさかだよ。まさか、お前が俺にとってそんなに大切な存在になっていたなんて」
「私もそうなるとは思いもよらなかったので」
 返ってくる言葉は素っ気なかった。
「私は無音の楽団、最後の奇怪な冒険で、唯一記憶を保てました。それはサレトナを殺さなくてはならない呪いを私が抱えていたためです。呪いの上書きが効かなかったために、私は気絶した全員をなんとかこの「沈黙の楽器亭」に連れ帰ってくるまではできました。そして回復して起こすのですが、まず全員が「無音の楽団」にいた記憶を失っていました。その状態で顔を合わせるのは悪いと思い、ツテを頼って、それぞれの身柄を預けました。だから、無音の楽団は解散したと思っていたのですが……まさか、思い出すなんて」
「なーに言ってんだよ。発破をかけたのはクレズニだろう」
 クレズニの無力の後悔に向かって、カクヤの言葉が爽やかに切り込みを入れていく。
「俺のところに『仲間を捜せ。無音の楽団を再び鳴らすんだ』なんてメモを残してさ。信頼してくれたんだろ? 俺なら仲間を捜し出せるって」
「そうだな。いま全員、ここにいるわけだしな!」
「うん! 忘れた経験とお金は痛いけれど、皆がいるならなんとかなるよ。大丈夫。僕は、それを信じている」
 続くソレシカとタトエの意思は輝く宝石の強度を持っていて、容易に砕けることはないだろう。
 だからクレズニは、安心した。その不器用な安堵にレクィエは微笑みかける。
「さて、みんな無音の楽団再結成、ということでいいのね?」
「もちろん」
「当然!」
 サレトナの促しに、全員が同意する。
 彼らはまだ記憶と力を失っても、それらが二度と取り戻せなくても、仲間の絆だけは諦めたくなかった。
 「無音の楽団」は強くも優れてもいなくとも、仲間の結びつきの強さは随一を誇る。だから、音も鳴らさずに奏であうという矛盾を叶えられる。
「じゃあ、さらに今回の全てを話すわよ。あくまで私と兄さんの推理だけど」
「おお、兄妹の合わせ技とは珍しい」
「そうね。こんなことになって、ようやく兄さんが大切な存在だってこと私も思い出せたんだけど。それはいいんだけど。まず私たちは遺跡に行った。事件が起きた。大切な人をより深く失うという呪いを受けた。で、私たちの絆……もう恥ずかしい! だけど、忘れたくないという強い思いが仲間を忘れさせる呪いだけ解呪させたの。でも、いままで手にした技能と稼ぎは取り戻せないわね。代替可能なものだったから」
「安心しろ! 俺たちは貧乏に慣れている!」
 カクヤが断言すると宿の親父から「ツケを増やすのだけは勘弁してくれな」という声が届くが全員、軽やかに流していった。流れていった。
「で、兄さんがカクヤたちを分散させてからだけど、ここからは何度も言った認知の問題。忘れているあいだは出会えない。い、をカクヤ。ろ、を私。は、をレクィエに例えると、いがろを忘れていたらろ、私は姿を現せないけれど。は、のレクィエがろの私を思い出したらそれがカクヤの呪いの解呪に繋がったのよ」
「だからレクィエと一緒だったらサレトナの名前を見つけられたのか!」
 カクヤは即座に理解する。
「タトエとソレシカも同じよ。ソレシカもカクヤとレクィエと合流したからちょっとずつ呪いが解けて、タトエを認知はできた。まあ、あなたタトエが大好きだから、呪いが強くて思い出すのに少しラグがあったみたいだけどね」
 ソレシカは愛がないからタトエを忘れたのではない。愛が強かったため、タトエのことを記憶の海の底に眠らせてしまったようだ。
 指摘されてタトエに深く頭を下げる。
「すまない……愛に生きるはずだというのに、失格だ」
「べつに思い出せたなら良いじゃない」
「だがタトエも俺を一番忘れていたのなら、これは無意識に両思いなんじゃないか!?」
 タトエに頭を撫でられながら言うソレシカに、対し、他の仲間から下されるのは無情の宣告だった。
「「「「まだ片思い」」」」
「くっ……!」
 ソレシカが変わらずポジティブシンキングだということが判明して、ほっとする出来事だった。
「まあ、兄さんが私たちのことを覚えてここまで行動してくれたのは大分オーライね。そして、カクヤ」
 鎮まる声だった
 場にいる全員が、カクヤを見つめる。
 見つめられるカクヤは視線を集めながらも動揺することなく、ただ首をかしげていた。
「ありがとう。カクヤ、あなたがリーダーで、行動してくれたから私たちはまた『無音の楽団』になれたのよ」
 彼にとって今回の出来事は奇跡でもなんでもない。
 だから、全員に根付いている驚嘆と感謝の気持ちを想像できない。誰だって、仲間を失ったらそうするだろうとカクヤは考えている。
 できることではないというのに。
 仲間全員を忘れて、失って、だけれど歩いて捜し見つかることを信じ抜くなんて、簡単に為せることではない。
 平凡たる非凡を抱えながら、それを自覚できないカクヤが言うことは一つだった。
「まあ、また全員集まれたんだから! 一から楽しく冒険していこうぜ!」
 レクィエの苦笑を皮切りにして全員がカクヤをどついていく。
 目の端に浮かびそうになる涙を隠しながら。

 かくして「無音の楽団」は再び結集した。


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