無音の楽団 結成のファンファーレ(一括掲載版)

 カクヤは夜の宿屋で一人昂ぶっていた。
 明日はリューンに着く。冒険者にとって始まりであり日常がひしめく街。まだ見ぬ世界と様々な冒険が待ち受けている。
 そこで、自分も。
 剣の合奏が聞こえた。
 かん、たん、かーん。
 がん!
 カクヤの意識は昂奮から現実に戻り、街外れの村に収束する。剣だけを片手に持って、場違いな音楽の元へ走り出した。
 人として物騒な音色を止めなくてはいけない。
 宿屋の外に出れば、見世物のように一対の少女と青年が明かりに照らされている。戦っている。
 カクヤはそこらにいる人に聞いた。
「これはなんだ?」
「さあね。あのオレンジのじょっちゃんが言うにはただの兄妹喧嘩らしいよ」
「物騒な!」
 誰も止めようとしない。
 オレンジの髪をなびかせて、逃げに徹する少女。
 堅苦しい制服を着込んだ、剣を振るう紺灰色の髪の青年。
 二人の目に宿っているのが敵意ならば声をかける隙はなかった。だが、燃えているのは執念と葛藤だ。
 生きたい。
 殺さなくてはならない。
「そこまで!」
 反射か、青年が動きを止める。声を上げたカクヤへと振り返る前に、少女の鮮やかなハイキックが青年の背中に決まった。
 呆然とする周囲。空気が凝固する。
 ただ一人、束縛知らずの少女はカクヤの背中に隠れた。
 見知らぬ男の背中にさっと隠れられるとは、ただ者ではない。守られ慣れていて、狙われ慣れている。
 よほど寂しい人生を歩いてるようだ。服をつかむ手に込められた力の弱さが語っている。
「何があったのかは分からないけどよ。とりあえず」
 落ち着こう。

 カクヤの泊まっている部屋に、先ほどの喧嘩騒ぎの少女と青年がやってきた。少女は理不尽な目にあった子供のように傲岸に、対して青年は申し訳なさの滲む面持ちをしていた。
 宿屋の主人が運んできてくれた茶を口にしながら、何から切り出すか悩む。
「兄妹喧嘩って聞いんだが」
「そうですよ。私、サレトナです。これでもわりといいとこの子でした」
 ちら、と視線を投げかけられて青年も口を開く。
「私はクレズニと申します。サレトナの…………兄です」
 躊躇いが長かった。
 何やら複雑な事情があるのはすぐに感じ取れる。初対面で突っ込みづらい。
「この人は私を殺そうとしています」
「な!?」
 だというのに片割れがあっさりと事情を白状した。
 人を殺そうとしているというのにクレズニからは、狂気も野性も感じられない。まとっているのは落ち着いた雰囲気と品性だ。椅子に座っている姿勢からも分かる。
 サレトナの言葉にクレズニには反論しない。目をつむって少しうつむいている。
「事情を話すと長いんですけど、サレトナちゃんは結構おうちで悪い子扱いされていまして。それで家を追い出されたかと思えばクレズニ兄さんは私を殺せという命令を受けてやってきました。で、私としては死にたくないので必死に逃げている最中なのですよ」
 分かりましたか、とウインクが送られてくる。
 軽い調子のサレトナだが背景は重かった。
 まだ、自分と同じか少し下くらいの少女が、兄に命を狙われながら逃げ続けている。その兄だが、好んで妹の首に手をかけようとしているのではない。
「わかった。これも冒険だ」
「ん?」
「はい?」
「宿代は俺が払ってやるから、今日は二人ともここに泊まれ。で、リューンに行って、宿代を返すまでは俺と冒険者稼業をやること。いいな?」
 唐突で、二人が頷く必要などない提案だ。サレトナは一言「いやよ」とだけ残してこのままいなくなる可能性もある。
 結論は、予想した流れにはならなかった。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな。誰かさんのせいで宿を取る間もなかったし」
「私も今日はそうすることにします」
「決まり。じゃあ、クレズニはサレトナの分の部屋取ってきてくれ」
 カクヤがクレズニとサレトナの二人だけにしたくない意図を察したのか、クレズニは反論せずに部屋を出て行った。
 寝台にカクヤ、床にクレズニと割り当てれば眠れるくらいの部屋に、サレトナと二人きりになる。
 何から聞くか迷う。聞いて良いのかにも悩む。兄妹喧嘩に命が絡むのと、二人とも身なりと仕草がいいので良いところの子だというのは伝わってきた。自分のようにひょいと旅立てるほど軽い物を背負っていない。特にクレズニは責任感が張り詰めていた。
「ねえねえお兄さん。貴方の名前は、何ですか?」
「カクヤだ。姓はない」
「かくや、かくや、カクヤ。希望に溢れてますね!」
 初めて言われた。
 悪い気はしなかったので、笑って褒め言葉を受け取ると、今度はカクヤが話す。
「敬語は外していいよ。本当なら俺が使わなくちゃならないんだろうし。まあ、宿代出してやるからそこは手打ちな」
「はーい」
 いい子の返事をしたサレトナは不思議と楽しそうだ。カクヤは改めてサレトナの全身を見る。
 長い艶やかな橙色の髪に、ローズヒップの花弁を溶かしたような瞳は、底知れぬ輝きを宿している。諦めの一線を越えて、人生を楽しむことを決めた色だ。
 浅黄色をベースにした服の上に簡易な防具を付けているあたりから、高貴の環境でも、市井の女性でも一生を終わらせない決意が読み取れる。それなのに全体的に品が良い。子供の虎といった印象だ。成長したら食い破られそうな気配もする。
 しげしげと眺めていたら、サレトナもカクヤのことを見つめていた。青い髪に吊り目がちな赤い瞳、一般的な防具といった男を眺めているだけなのに嬉しそうだ。
「ねえ。カクヤ、聞きたいことがあるんだけど」
「部屋を取ってきましたよ」
「……我が兄はまことにタイミングが読めない」
 可愛らしい顔立ちを苦くさせてサレトナは呟いた。クレズニには届いていないのだろう、サレトナに立ち上がるように促している。
「ほら、今日のところはもう部屋に行きなさい」
「はいはーい。カクヤ。また明日、ね」
 その言葉が。
 何気ない調子であり、再会もすぐ明日決まっているというのに、泣き出しそうな嬉しさが込められていたから。
 カクヤは初めてサレトナ個人に強い興味を抱いた。
 この少女は、何を背負っているのだろう。どうして実の兄に殺されかけているのに、笑えるのだろう。
 疑問は言葉にならないままに消えていく。
 ばたん、と部屋の扉が締められた。てしてしと足音が遠ざかっていく。
「カクヤさん、あなたは私たちについて聞きたいことが沢山あるでしょうが、いま全てをお話することはできません」
「まあそりゃなあ。だけど、あんたみたいな真面目な人が妹を殺そうなんて、どっかしら狂った理由があるようにしか思えないぜ」
「サレトナは罪の子です」
 口にするのが痛いのなら、わざわざ言わなけりゃいいのに。
「俺にはちょっと変わった奴にしか見えないけどな」
「実際に彼女はいくつもの、私の一族の者の名誉に傷を負わせました。ですから、サレトナは裁かなくてはならないのです。それを下すのが、私なのはせめてもの慈悲ですから」
「いや殺される側はんな事情知らねえし、どうでもいいよ。殺されたら殺されたで終わりだ。誰が、したかなんてどうでもいい。俺はお貴族様の名誉に詳しくはないからそう思うけどな」
 身勝手な言い分に乱暴を返したら、クレズニは苦笑した。
 分かっているのだろう。彼も、罪があるとはいえ妹を殺したくはない。だが、しなくてはならない理由が有り、しなければクレズニ自身にも危険や累が及ぶのだろう。
「本当にあんたが妹を殺したいのならやってみな。だけど、俺はサレトナを守る」
「どうしてですか? いま知り合ったばかりの他人でしょう?」
「言っただろう?」
 にい、と笑ってやる。
「もう俺たち三人は、冒険者として仲間なんだよ。仲間を守るのは当然だ!」
 腕を組んで堂々と言い放ったカクヤに向けられたクレズニの表情は、複雑なものに変わりはなかったが、安堵が混じっていた。
「とりあえず寝るぞ。明日はリューンに着いてないとまずいんだからな」
「はい。カクヤさん」
「カクヤでいい」
「では、カクヤ。ありがとうございます」
「どいたまー」
 カクヤはあくび混じりにベッドへ乗り込んだ。クレズニが部屋のランプを消してくれる。黒に包まれて静まりきった部屋の中で二人は眠りに就いた。

 起床して、宿屋で朝食を済ませてから、村を発ってリューンまでの街道を歩く。
 左にクレズニ、真ん中にカクヤ、右にサレトナというポジショニングは変えない。クレズニが軽挙に行動するとは思わないが隣同士に出来るほど信用できないといった理由などがある。
 だが、一番は違った。
「今日もいい天気ね」
「いまはな。雨が近づいている匂いもする」
「誰かさんが引き寄せているのかもね。いっつも大事なパーティの時に雨を呼んでいた人を私知ってるんだあ」
「甘えた声を上げるな恥知らず」
 クレズニとサレトナは因縁を差し引いてもこういった調子の会話を繰り返している。純粋に仲が悪いようだ。
 幸いにも、別件によって兄妹喧嘩に慣れているカクヤは二人のやりとりを受け流す。たまに口を挟む。
 旅路はいまのところ順調だ。サレトナが言ったとおり今日の天気は良い。リューンまでは青い空も広がったままだろう。
 てくてくと三人で歩いている途中だった。
 人が、倒れている。
 穏やかだった道のりに緊張が走った。サレトナは周囲の気配を探り、クレズニは倒れている人へと近づいていく。カクヤは剣を片手に警戒を走らせた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、だめだめ! いま回復させるから、そのままにして!」
 クレズニが膝をついて声をかけたのだが返事をしたのは、倒れている男性ではない。歌を口ずさんだら、さぞ美しいと思わせる高く透明な声だった。
 走ってくるのは一部を長く伸ばした薄く沈んだ茶色い髪と、丸くてくりんとした橙の瞳が印象的な少年だ。てってって、と杖を両手にクレズニの向かいに立つ。
 水平に杖を持ち、細く長く息を吸う。詠唱の前段階だ。
「たとえばあなたが傷ついた。僕はそれを反転しよう。此方に集うは祈りの願い、癒身の法!」
 少年の周囲に光の膜が張られ、それらは杖の先端にある青い宝石に集まった。そこからまた青い光の破片が倒れている男性へ降り注がれる。
 光が陽差しに溶けて消えると男性は起き上がった。
「おお、命だけは助かったか」
「うん。ごめんね、命だけで。他のアイテムは全部どっかにいっちゃった」
 しょんぼりとうなだれる少年に男性は笑いかける。
「いや仕方ない。命があって物種になるのが、冒険者ってものさ」
「おっさん、冒険者なのか!」
 カクヤは剣を下ろして声を上げた。男性と少年の視線が向けられる。
「そうだよ。この子とリューンへ戻るところだったんだが、洞窟で見付けた宝物に呪いがかかっていてね。あと少しのところでどっかんさ」
「しかもその呪いで持ってた他のアイテムも全部吹き飛んじゃったから。……おにーさんたちも、リューンに行くの?」
「ああ! 俺は稀代の冒険者になる男、カクヤだ。こっちが訳あり兄妹のクレズニとサレトナ」
 ざっくばらん極まりないカクヤの説明だったが、少年は目を輝かせた。
「すごい! あ、僕はタトエ。聖職者なんだ」
「聖職者か。それは」
「おいおい、こんなところで盛り上がるんじゃなくて、リューンに着いてからでもいいだろう。タトエもまだ、俺に雇われているのを忘れるなよ」
 指摘されてタトエは舌を出す。
「ま、早くリューンまで行きましょう。誰かさんが雨を連れてくるかわからないから」
「しつこいぞ貴様」
 サレトナとクレズニがまた、口喧嘩を始める前に、カクヤは歩き出した。その後に男性とタトエが続く。
「置いてくぞ」
「あ、置いてかないで!」
「行きますから」
 遅れてサレトナとクレズニも後を追ってくる。
 途端に道中の話が弾みだし、リューンの門を五人でくぐった。
 酒場に入り、男性とタトエは契約の確認と決済をして、別れた。
「おまたせ!」
「ああ」
「行きましょうか」
「待ってください。どうしてタトエ君も一緒にいるんですか」
 自然な流れで着いてきた存在に、クレズニが疑問の一石を投じた。タトエはきょとんとした表情のまま、カクヤを見上げて、また向き直ると言う。
「お兄さんたちには回復魔法の使い手いないみたいだから、仲間に入るのに丁度いいかなって」
「なあ」
「うん」
 カクヤとサレトナが同意を示すと、クレズニは呆れた表情のまま、言葉を続けていく。事情は分かっても納得がいかないようだ。
「そうだとしても、事前に話し合うなど必要でしょう」
「私たちだってろくに話をしないでカクヤと一緒にいるじゃない。旅は道連れ地獄行きってね」
「ここで地獄へ行きそうなのは貴様だけだがな」
 基本は礼儀正しい対応をするクレズニだが、サレトナが相手になると刺々しくなり、きつくなる。深い因縁があるのは察しているのだが、傍目から見てよろしくない。
 タトエもそう思ったのか指を指してきっぱりと言った。
「クレズニおにーさん。女の子には優しくしなくちゃ駄目だよ!」
「タトエ君。あなたは私とサレトナに何も関係ないでしょう」
 断固と拒まれて、タトエは顔を歪める。
「もう、仲間なのに……?」
「そうよそうよ。タトエ君は立派な、私たちの仲間なんだから。いやなら兄さんが抜けなさいよ。こんな小さな子をいじめて情けない男ね!」
「ああ。本当だ。タトエを哀しませるなんて許せないな!」
 全員の視線がいつの間にか背後に立っている赤髪の男に向かう。
 長身で秀麗な見た目の、見知らぬ男性に、向けられる言葉は一つだった。
「「「誰!?」」」

 カクヤはまさか昨日と今日で、これほど一気に仲間が増えるなど思っていなかった。リューンに到着してから、気長に仲間を見付けるか、どこかのパーティに入るだろうと呑気に考えていたというのに。
 ここは喫茶店で、いまはのんびりとティーカップを前にして車座になっている。席が一つだけ空いているのはこのテーブル席が六人用だからだろう。
 カクヤが中心になり、左隣にサレトナ、右隣にクレズニ、サレトナの向かいにタトエ、タトエの隣に赤い青年がいる。
「で、あんたは誰なんだ?」
「タトエのヒーロー兼流浪の武闘家ソレシカだ」
「どことなくカクヤと似た雰囲気あるわね」
 それはごめんだ。
「えーとね、ソレシカはいつの間にか僕が困っているときとかに助けてくれるいい人なんだ! 本屋さんで届かない本を取ってくれたり、ご飯奢ってくれたり」
「ああ。俺はいつもタトエを見守っている」
 ソレシカはティーカップを片手に堂々と胸を張った。
「それはストーカーでは」
 クレズニの一撃が胸をえぐったのか、一瞬だけうずくまったが、すぐに立ち直って首を横に振る。
「違う。俺はタトエを守って生きると決めているだけだ。そしてタトエが君たちの仲間になるのなら、俺も君たちの仲間になる!」
 クレズニとサレトナからどうするかと伺う視線が向けられる。タトエはのんびりとケーキを食べていて、ソレシカは面接を受けている学生のように凜々しいたたずまいだ。
 もしかしたら、クレズニ達を引き受けたときから、自分にはこうして厄介事を巻き寄せる何かが取り憑いたのかもしれない。
 毒を食べるのならば皿まで。全て丸ごと呑み込むだけだ。
「俺はいいぜ。いまから、ソレシカも仲間だ」
「ありがとう」
 テーブル越しに握手を交わすとタトエとサレトナが小さな拍手を鳴らした。
 場が落ちついてからサレトナは言い出す。
「私が華麗なる悪役参謀で」
 ソレシカが引き継ぐ。
「タトエが愛らしいマスコット」
 ケーキを呑み込んだタトエは続ける。
「ソレシカさんは先鋒!」
 カクヤは残った役割を確認して繋ぐ。
「クレズニは会計役」
 また、サレトナに回ってきて、楽しげに言う。
「そして、カクヤがリーダ-!」
「役割分担はばっちりだな」
 決められた内容に全員、不満はないようだ。口を挟まなかったクレズニはというと紙にそれぞれの役割をメモしている。まさに会計を任せるに相応しい。
「あ、でも。あと一人、盗賊さんが欲しいよね。鍵開けとかそういうの出来る人」
「だな。ま、それは後々探すとして、まず宿作るぞ」
 カクヤは手を合わせて、合図を出す。食事の後片付けが始まった。

 五人が席を立ち、会計を済ませているのを眺めている緑の髪の青年がいることに、カクヤ達は誰一人気付かない。
 そのまま、退店の鐘が鳴ってから青年も席を立つ。
「盗賊募集か。ちょっと興味深いな」
 帽子のつばの下で青い瞳がきらめいた。

 街に建てられている看板を、カクヤとサレトナ、クレズニ、ソレシカとタトエに分かれて見回る。
 「冒険者募集」や「宿提供」といった字を探すのだが、今の時期は埋まってしまっているのかなかなか見つからない。数はあるのだが、条件に合うものが見当たらない。贅沢を言う余裕はないのかもしれないが、できるだけ柔らかなベッドで眠りたいのが人情だ。
 カクヤは睡眠の質に拘る冒険者であった。
 サレトナもわりと真剣に探しているようだが、条件の良い場所は見つからないようで、同じ看板の前で肩をすくめあった。
「ないわね」
「ないな。今日中に見付けておきたいんだが」
「ねー。カクヤはどうして、冒険者になりたいの?」
 急な話題転換だった。
 だが、尋ねてくるサレトナの瞳は本気で真っ直ぐで、これから信頼を抱いて良い相手なのか試されている気分にさせられた。
 その信頼を裏切りたくない。一目クレズニとの戦いを見てから、彼女の危うさや、それでも精一杯戯れて事態を乗り切ろうとする性質の悪さに惹きつけられる。
 これは恋ではないけれどそれに類してもおかしくない感情だ。
「自分を知りたいからだな」
「正義の味方になりたいとかじゃなくて?」
「そっちはどうでもいい。冒険者ってのは、依頼によっては悪いこともすんだろ? それが国に仕える騎士とかと違うところだ。……悪に手を染めることも、自分の正義を突き詰めときも、きっと冒険者になったら試される時が沢山ある。俺はそれを聞いてから、そんなときに自分が何を選ぶか知りたいから、家をちょっと離れたんだよ」
 昔、家に立ち寄った冒険者に胸躍る話を聞いた。だけど、一番胸に残ったのは、竜や洞窟や滅びた街など、わくわくする話の最後を締めた話だ。立ち寄った冒険者が依頼主に裏切られて、改造された生物を殺して止めた話。
『君もいつか旅立ち、あらゆる困難や悪に立ち向かうとしても。それは突き詰めると命を奪い、尊厳を踏みにじることをしているのだと忘れてはいけないよ』
 一気に水をかぶせられたがそれは必要な水だった。
 英雄は歓声に溺れる。賢者は目の前の奇跡に目を奪われる。勇気や知恵を持ち合わせているはずだというのに、一瞬でそれを忘れる、欲。
 カクヤは一生を冒険者として過ごす決意はまだない。家族も見聞の意味合いを持って、送り出してくれた。
 自分は、恵まれている。
 そして隣の少女は家族に命を狙われている。反対の立場の自分たちが出会ったのは不思議な巡り合わせだ。
「サレトナはクレズニから逃げるために旅をしていたのか?」
「ううん。家の名誉を守るために。前にも言ったけど、私たちはいいとこの子だから、わるいこのサレトナちゃんがいると迷惑かかっちゃうの。さすがにそれは心苦しいから、命の代わりに保険を捨てたんだけど、一部の大人達はまだ納得いかなくてね。クレズニ兄さんが、一番可哀想だよ。私を殺すまで帰れないから」
「でも殺される気はないと」
「当たり前じゃないの」
 「何を言うか」と言ったようすで、当たり前の答えを返すから、笑った。
 そうだよな。生きたいよな。
 殺されるなんて、嫌だよな。
「サレトナ」
「ん?」
「お前が俺の仲間である限り、俺は絶対に。お前を誰にも殺させやしないよ」
 ぽつ、と地面に雨が一滴落ちる。
 次第に振り出した雨に濡れるサレトナをマントで庇ってやると、サレトナはカクヤを見上げながら微笑んだ。
「だったら、もし本当に私が殺されそうになったら。何を犠牲にしても助けてよね」
「ああ。約束だ」
 口にすることは簡単だ。
 だけど、それでも。それでも。
 カクヤはいま言葉にした約束は絶対に守りたかった。
 サレトナの頬を濡らすのは雨の滴であって、決して涙ではないだろうけれど、彼女が誰も頼ることなく、頼れることなく生きてきたのかは分かったから。
「おーい! カクヤさーん!」
 ばたばたと足音がする。振り向いたら、濡れながら走ってくるタトエたちがいた。クレズニとソレシカ、もう一人見知らぬ帽子を被った青年がいる。
「宿! 見付けたよ」
「とりあえず行きましょう。このままでは風邪を引いてしまいます。……レクィエさん」
「ああ。ついてきな」
 帽子を被った青年は身軽さと慣れた動きでリューンを歩いていく。
 そうしてたどり着いたのが、手入れのされた古宿だった。
 レクィエが扉を開けると、店内には渋い宿の主らしき壮年の男性と、若くて活発そうな女性がいた。
「おや。レクィエ。お前が人を連れてくるなんて珍しいな」
「まあちょっとね。それより親父さん、部屋に空きが出たんだろ? だったら、俺たちを新しいパーティとして登録できないかなって」
「ちょっと待ってよ。どうしてこの初対面の人が場を動かしてるの」
「サレトナ」
 クレズニがたしなめるが、サレトナはぎんと睨んで黙らせる。その光景を面白そうに眺めていたレクィエは帽子を外すとサレトナに近づいて、軽快に笑った。
「安心しろよ。俺はただの盗賊。リーダーはカクヤとやらだ。で、いまは皆さんが宿を探しているみたいだったから、安くて安全、おまけに安心の親父さんと娘さんをセットでご紹介しているところさ」
「まあ確かに助かってるけどよ。タトエは分かるが、警戒心の強いクレズニが諾々と従ってるのは解せねえな」
「そりゃあちょっとだけ、俺が彼の弱味を作って握ってるからだよ。安心してくれ。仲間になったらすぐに返すから」
 クレズニは目をそらさずにただ申し訳なさそうに少しだけうつむいた。悔しげな口元から、何かしら嵌められたのだということがひしひしと伝わってくる。
 緊張が張り詰めていき、事態が不味い方向に転がっている。どう打開すべきか。まずは、クレズニの弱味を知るところだが。
「レクィエ。お前、そんなやり方で仲間になれると思っとんのか」
「親父さん」
「仲間になりたいのならば素直に言えばいいだろう。ほれ、まずはそのクレズニとやらに何をしたか話せ」
 思わぬ仲裁だった。
 宿の親父は全員分の飲み物を用意しながら、カウンターに座らせる。
 視線を集めているレクィエは、炭酸水に口をつけると、苦笑しながら話を始めた。
「クールな秀麗さんのクレズニさんが、ちょっとばかし厄介な女の宿に引き込まれそうだったからね。相手に食い物にされそうなことに気付かないまま話を進めていたから、看板をよく見るようにアドバイスしただけだよ」
「つまり、春ひさぎの宿でぼったくられそうになっていたみたいだ。俺とタトエが見付けたとき、クレズニは真っ赤になっていたな。で、それをサレトナには言わないでくれ、と頼まれていたらレクィエさんが『盗賊探してるんだろ? 仲間にしてくれないか』と」
「ちなみに俺は君たちのいた喫茶店でその話をこっそり聞いて、タイミングをうかがっていました。どう? 事情は飲み込めた?」
 片目を閉じたレクィエからカクヤへと視線を向けられる。
 話を聞けばまあ納得できることだった。
 レクィエはいまだ食えない奴ではあるが、扱いやすい相手を仲間に求めているわけではない。それにリューンについてを知っているのならば、今後生活するにあたって頼りになるだろう。
「ま、大体わかったら俺は良いけどよ。まずレクィエがクレズニに今後は誠実でいてくれるならな」
「あっはは。俺に誠実を求めるとか、カクヤ君は面白いなあ。でもいいぜ。クレズニ君。弱みにつけ込んだことを謝る。ごめん」
「いえ。私の無知が原因ですから」
「というかクレズニ兄さんは変な者引き寄せ機の自覚持ってよ。そのレクィエとやらも含めて」
「うぐ」
 今回ばかりは、クレズニも言い返せなかった。
「じゃあ、これでひとまず仲間は揃ったな」
「ならここに、お前たちの名前とパーティ名を書いてくれ」
 宿の親父が一枚の紙を差し出した。
 全員が名前を記入していき、最後にパーティの名前だけが空白になる。
 カクヤはしばらく考えたが、空いている最後の行に記した。

 『無音の楽団』

「無音の……がくだん? どういう意味?」
「なんとなくだけどよ。こんなに変な奴らがいろいろ集まったんだから、きっと静かにしていてもやかましいんだろうなってことでな」
 しばらく全員が、その五文字を見つめていたが誰からも反対の意見は出なかった。
 レクィエは笑い、ソレシカは納得し、タトエは楽しそうに、クレズニは真剣に、サレトナとカクヤは目を合わせる。
「無音の楽団、始まりだ!」

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