強くなればいいのに

 無音の楽団の宿でソレシカとタトエは留守番をしていた。
 カクヤはレクィエと一緒に二人で品出しの依頼に行き、クレズニは新しい仕事を得るための情報収集、サレトナはどこかへと出かけていった。
 大抵組むことの多い二人だが、タトエはソレシカに以前から抱いていた疑問を投げることにした。テーブルに両腕で頬杖をつきながら。
「ソレシカはどうして僕が好きなの?」
「可愛い恩人だから」
 完結した返事だがタトエはソレシカに感謝されることをした覚えがない。無音の楽団が結成する以前から、知人ではあったが、その頃からソレシカはタトエに膝を突いていた。本来ならば立場は逆だろう。
 タトエはとある街の裕福な家庭で育ったがあくまで平民でしかなく、ソレシカは名の通る家に属している。そういった名家の子が冒険者になるのはリューンでは珍しくないが、場合によっては勘当ものだ。ソレシカの場合はさらに平民に想いを寄せているという二重の枷がついてしまった。
 タトエはソレシカが構わないのならばこのままで良いけれど、自分のせいで家を追い出されたり不都合な目に遭ったりするのなら後味が悪い。
 好きにならなければ良かったのだ。自分のことなど。
 タトエが考えていることなど知らずにソレシカは幸せそうにタトエを見るから、何も言えない。
「ねえ」
「すまないがお前さんら。ちょっと買い物に行ってくれんかね」
 宿の親父に声をかけられてこの話は中断することになった。
 レクィエの紹介から始まり、普段もいろいろと世話になっている身なので、親父からの依頼を二人とも進んで引き受けると宿を出た。
 親父からもらった買い出しのメモを手にリューンを歩く。頼まれたのはさほど重いものもかさばるものでもない、食材や日用品ばかりだ。
 タトエが物の品定めと金銭のやりとりをしてソレシカが荷物を持つ。一人で持つ。タトエが持つと言っても首を横に振る。
 今更お姫様扱いをされることに文句を言う気はないけれど別のことが聞きたくてまた尋ねた。
「ソレシカはどうして僕を好きになったの?」
「またそれだな。きっかけがそんなに気になるのか」
「まあね」
 にっこりと笑えば、相手も口元を緩めた。前を向いて真っ直ぐに歩きながら言う。
「人生どうしようもないな。そう思ったときに差し込んだ光が、俺にとってはタトエだったんだ」
 過去の自分は何をしたのだろうかと考えるが、タトエはやっぱり思い出せなくて、もどかしい。
 ソレシカはぽつりぽつと慎重に言葉を選びながら、雑踏に言葉を紛れさせていく。
「いつだって、人はどうなるか分からない。いまは平和でも明日には世界が滅びの危機に陥っているかもしれない。それでも自分より弱い存在を守っていけるようにならなくてはいけないと俺は教えられた。正直に言うと息詰まりだったんだ。俺は、俺の願いすら認めていなかったのに他を守るように強いられていた」
「ソレシカの願いっていまは決まっているの?」
「そういったところを聞いてくれるからタトエが好きなんだ」
 下にいるタトエに微笑みかけるソレシカには優しさと気品があり、いいところのお嬢さんならば一発で恋をするだろう。そしてソレシカはそういった出来事に飽き飽きしていたのだろう。だから予想と違う行動を取るタトエに惹かれた。
 レッテルやラベルを貼られている人はただ剥がされるだけで、わりと簡単に剥がした相手に好意を持つ。
 ソレシカは一途だからタトエのことを好きなあいだは他の相手に惚れたのなんだの騒動を起こさないだろうけれど、そうなったら厄介だ。見張らなくてはいけない責任感が芽生える。そして話の続きだ。
「俺の願いは誰かを守ることよりも、純粋に自分が強くなることだったんだ。だからタトエと初めて会ったとき。覚えているか?」
「ううん」
 正直に言うとそのあと頻繁に助けられすぎて、初対面の記憶は曖昧になっている。
 自分は何をしたのだろうか。
 最後の店で買い物を終えて、帰り道を歩きながらタトエが答えを待っていると、悲鳴が聞こえた。
「すまない。置かせてくれ」
 ソレシカは瞬時に屋台の出っ張りに荷物を置くと走り出した。タトエもその後を追う。追いながら、少しだけつまらなく思っている自分を認めていた。
 タトエのヒーローなんて堂々と言ってくれるくせに他にも危険なことがあったら迷わず助けに向かうんじゃないか。それはソレシカの美徳なのだろうけれど、自分だけの特別な感情ではない証にも見えて、複雑だ。
「ソレシカ!」
 地面に倒れている女性と、傍の袋小路に鞄とナイフを持った男とソレシカがいる。男は女性から鞄をひったくったのはいいがすぐにソレシカに追い詰められたといった状況だ。
 タトエは女性を介抱する。特に怪我はなかった。
 次にソレシカを見上げる。
 彼だって冒険者だ。もっと危ないネズミとかコウモリとかをやっつけてきた。比較対象があんまり格好よくないが、それでもソレシカは戦ってきた。
 だから、無事に事を収めてくれると信じる以前に疑わない。
 男は荒い呼吸のまま、ナイフを突き出す姿勢で走り出した。ソレシカは避けない。馬鹿、と言いかけた口が途中で止まる。
 ソレシカも男と同様に前に出ると瞬時に半回転を決めてから思いきり男を蹴り飛ばし、地面に突っ伏させる。その上に右足を置いて左腕で男をねじる。あっという間の制圧だった。
「タトエ。女性に鞄を渡してくれ。あとナイフも拾って」
「言われなくとも」
 指示されたとおりに女性へ鞄を渡して立ち去らせてから、タトエはナイフを回収する。ソレシカは男を放り出した。その後は加害者の男が可哀想なくらいに目もくれない。荷物を置いた屋台に戻っていき、謝ると、親切な屋台の主人は飴細工を一本買うだけで突然の出来事を許してくれた。
 飴細工はタトエの手に握られる。繊細な造りを陽に透かすと琥珀色がきらきらときらめいた。
「それで話の続きだが」
「いまはもういいよ。思い出したから」
 器用に言葉の端から拗ねた響きを感じ取り、賢いことにソレシカは黙った。いま何を言われてもタトエの心が開かれないのに気付いたのだろう。
 タトエは飴細工をぱりん、と砕きながらソレシカと初めて会ったときのことを思い出す。
 『強くなればいいのに』とタトエは、つまらない顔をしていたソレシカに言ったのだ。
 それがソレシカらしく生きていく始まりになるとは知らずに、無邪気に言ったのだ。

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