二人きりの寝ずの番に(小説版) 

 依頼を終えて宿に帰る途中に街道で野宿することになった。
 テントを広げて、中に転がっているのはクレズニ、サレトナ、ソレシカにタトエだ。穏やかな寝息が聞こえてくる。
 カクヤはそれをうつらうつらとしながら聞いていた。寝ずの番で眠くなってどうするのだと思うのだが、それでも睡魔は全身を気怠くまとわりついてくる。
「お疲れさん。もう寝るか?」
 同じく寝ずの番をしているレクィエに声をかけられた。夜空の下であってなお明るい青緑の髪が、風に揺らされる。背後の星々のきらめきは一層眩かった。
 綺麗だ、と思いながら答える。
「んー。あと少し起きてる」
「無理はするなよ」
「んー」
 返事が生ものになってしまった。レクィエの苦笑が聞こえてくる。
 薄ぼんやりとした頭だからこそ普段は芽吹かない考えが、眠気の合間を縫って浮かんできてしまった。
 レクィエは盗賊で、自分たちとは縁もゆかりもない人物だ。あの街で出会うまで誰も知らない。いまは仲間だと手をつないで言えるのだが、もし。
 彼がいま自分たちを裏切ろうと、命を止めようとするのならば、出来るのだ。眠りという弱い部分をさらしてしまっている。
 自分たちはレクィエを信用していいのか。命を預けてしまっていいのだろうか。
 普段のカクヤも深層で考えていたためにいま強く、疑問に思うのかもしれなかった。
「いま俺を疑っただろう」
「どうしてわかったんだ」
 正直に答えるのは「そんなことはない」が嘘だと分かっているからだ。その場しのぎの誤魔化しで通じるほど生やさしい相手ではない。修羅場の場数は自分たちよりも遙かに多く踏んでいる。
 それ以上に半端な労りで傷つけたくなかった。
「勘かな。俺はクレズニをだまくらかして強引に、あんたたちに割り込んだだけだし」
「そうかね。いまはわりと、全員に頼りにされてるじゃないか」
「これでも二番目に年上だからかね。リーダー」
「なんだよ」
 名前ではなく役割で呼ばれたのにはきっと理由があるのだろう。
「俺はあんたたちがたまに怖いよ」
「タトエに言ってくれ」
 彼はそう言われたら、正しく怒ってくれるだろうから。自分よりも。
 カクヤが大きくあくびをする。それに頓着しないでレクィエは静かに続けた。
「自分のみにくさが、暴かれるんだ。あんたたちといると」
 暴く相手は誰か。そんなのどうでも良い。
 ただ、レクィエは今日かそれ以前から長らく恐れていたのだろう。そして、今日の依頼によって膨らみつつあった恐怖が明確に形を成した。
 小さな村で頻発した窃盗事件。裕福とは決して言えない環境は疑心暗鬼を生んでいき、やがて一つの大きな事件に発展した。そこで疑われたのは身寄りの無い一人の少女。誰も彼女の潔白を明言できず、少女も嘆き飽きたのか床に座らせられたまま、沈黙していた。
 その事件を終わらせたのはサレトナだった。少女の境遇に怒りを抱きながらも、淡々と証拠の収集を進めていき、無罪を立証した。事件のあらましに納得した村人は少女に謝罪をした。
 本当はそういった、手ぬるい妥協で終わらせてしまってはいけない。だけれど、被害者であった少女が村人の謝罪だけで良い、と微笑んだので依頼された冒険者としては何も言えるはずがなかった。託された以上のお節介は迷惑をかけるだけということも、何度も味わってきた。
 そのまま少女を置いてカクヤたちは村を離れ、現在に至る。
 カクヤは舟をこぎながら、レクィエは向かいに座ってここにいる。
「レクィエはそう言うけど人は綺麗なだけじゃない。あと俺から見たら、レクィエはがんばっているから大丈夫だ」
「本当か?」
「疑うなら俺の目をえぐってみろよ」
 間髪空けずに言って、またあくびを一つ。
 眠気が本格的に重みを増してきた。だけど自分が言ったことは、勢いに任せてではない。レクィエの悩みも苦しみも、気付かずに見過ごして都合の良いことだけを言う目なら、えぐられても構わなかった。
 ふ、とレクィエが息を吐く。
「ひくな」
「だな。俺も自分で言って思った」
 大声ではないが、二人で笑い合う。しばらく夜空を震わせてから、カクヤは言う。
「だから、大丈夫だよ」
「いつかは裏切るかもしれないのに?」
「いまは裏切らない」
 それだけで十分だ。いつかの話などしても際限などない。自分たちはいまここにいて、仲間であることを約束しあって、笑い合っている。
 それだけで、本当に十分なんだ。
 叶うのならばこの青春がまだ続いて欲しいと願わずにはいられないけれど。
 焚き火に照らされながら、レクィエは軽い調子で困っていた。
「惚れさせないでくれよ」
「惚れられたら困るな。俺にはサレトナがいるから」
 また、笑った。
 ぱちりぱちりと焚き火が爆ぜる。まだ夜が明けるのは遠い。
 だけど、必ず朝を迎えることも自分たちは知っていた。


コメント

タイトルとURLをコピーしました