ジェラート好みは千差万別

 リューン付近の街の宿屋に居を構えている冒険者一行「無音の楽団」は、春の盛りである本日全てを、仲間全員の休息にあてていた。それぞれが好きな場所で好きなことをしているはずだが、今日の天気は雨。外に出かけている者はいなかった。
 はずなのだが、無音の楽団が住処にしている「沈黙の楽器亭」にはソレシカとタトエの姿が見当たらない。
「雨の中。どこに行ったのかしらね」
 食堂でレクィエと話をしている、紅一点の氷と闇魔術士であるサレトナが最初に疑問を口にした。心配のニュアンスが滲む言葉に妹の成長を感じられて、ラウンジの応接用のソファに座っていたクレズニは気付かれないように微笑む。
「何かしらの買い物があったのでしょう」
「だけどこんな雨の日にいかなくてもいいだろうに。デートか」
 さらりと口にしながら、サレトナの向かいで帽子をくるくる回すレクィエの言葉はもっともらしかった。タトエの気持ちはわからないままだが、ソレシカはタトエに恋をしている。雨の逢瀬に誘ってもおかしくはなかった。
「ただいま!」
「おーおかえり。出かけてたのか」
 カクヤも二階から下りてきた。その姿を見たタトエの顔に、贈り物を授ける天使の優しい笑顔が浮かぶ。
「皆の者、聞きたまえ。タトエくんと」
「ソレシカさまが」
「「ジェラートを買ってきました!」」
 がさりと得意げな顔のソレシカが手にしている袋は真四角で、中には持ち帰りのジェラートが入っているのだとわかる。
 全員が二人の偉大なる功績に拍手をした。しっとりとした雨が長いあいだに渡って降り注ぐ季節は、口にするだけで涼しくなるデザートが恋しいものだ。
 二人は見事にその願いを叶えてくれた。
 ソレシカがテーブルにジェラートの箱を置くと、全員が集まってきた。そのあいだにタトエは宿の親父と娘にも差し入れのため渡しに行った。
「結構種類があるのね」
「それが売りの店だからな。今日は初めて食べる奴もいるだろうから、非道は選ばなかったが」
「非道のジェラートってなんだよ」
 とっとこと戻ってきたタトエが、カクヤのツッコミに答えた。
「お魚のフレーバーとか」
「それはいやだな」
「だな。では今回の功績者であるタトエからお選びください」
「やった」
 タトエが最初に選んだのは濃い赤色の中にぽつぽつと赤い果実が混ざっているストロベリーだった。
 次に選ぶのは一緒に買い物に行っただろうソレシカだろう。だがいまは食器を取りに席を立っていた。
「クレズニはどれにする?」
「私は最後でいいですよ」
「なら俺が最後でいいから。クレズニは後ろから二番目」
 カクヤとクレズニとレクィエがそういった会話をしているあいだに、サレトナがジェラートの詰め合わせをのぞき込んでいる。
「ソレシカがいないなら私はこれ!」
 五個の内の一個が一瞬で消える。サレトナの手にあるのはラムレーズンだった。
「こらサレトナ。買ってくれたソレシカが先でしょう」
「べつに気にしなくていいさ。なら俺はベリーっと」
 全員にスプーンを配りながらソレシカも赤いジェラートを選んでいく。残されたのは葡萄とチョコレートとサイダーだった。
 残された三人の中で、カクヤに視線が集まる。クレズニもレクィエも残された種類で良いらしい。
「じゃあグレープ。リーダー特権で先にもらうな」
「では私はチョコレートを」
「サイダ-。俺の好きなのを残してくれるあたり、クレズニも俺に愛があるよな」
 レクィエが隣に座っているチョコレートを取った相手に話しかけたのだが、微かに苦く笑われながら返された。
「偶然です」
「へえへえ。そういや金はどうするんだ?」
 ジェラートにスプーンを突き刺す前に質問が飛ぶ。
 食べる直前だった功績者が答えた。
「臨時収入があってのジェラートだから大丈夫。僕のおごりだから遠慮なく食べてね!」
 純粋なる天使の笑顔を向けられて、カクヤとレクィエはタトエにひれ伏した。
 全員が席に座る。左上端から、サレトナ、カクヤ、クレズニ。サレトナの向かいから右にソレシカ、タトエ、レクィエとなった。いつもとは少し違うのはタトエが中心に座っている点だが、今回の功績者であるためにソレシカが移動したのだと全員が了解している。
「いただきます」
 声が響き、さくりとジェラートにスプーンが沈む。
「おいしーい!」
 ジェラートを口に運んだタトエが声を上げる。ソレシカは隣で機嫌良く、飼い猫を眺める温かさと愛おしさを持ってその様子を見つめていた。
 カクヤとレクィエもジェラートを口に運んで「お」と短く感嘆の声を上げることにより、味の上等さを認めた。口の中で溶ける滑らかな舌触りとフレーバーの味付けがしっかりとしている。
 皆がそれぞれジェラートの美味を誉め称えているとタトエの機嫌は勢いよく上昇していった。
「ここね、僕とソレシカのお気に入りのお店なんだよ。普段はすごい混んでいるから、今日という雨の日と空いている時間を狙いました!」
「えらい!」
 腕を伸ばしてぐしゃぐしゃとカクヤがタトエの髪を乱す。そうされてもタトエは上機嫌だった。
 笑いかける。笑い返す。
 笑顔が満ちるテーブルだったが、サレトナとクレズニがまだジェラートに口をつけていないことにタトエは気付いた。
「二人はジェラート苦手だった?」
「そんなことないわよ。本当に美味しそう! でもね、兄さん」
 サレトナが不敵な笑みを浮かべる。この表情には全員にとって心当たりがあった。サレトナ曰く「壮大なる企み」と自負しているが、傍から見たら微笑ましい悪戯を考えているに過ぎない。気にしはしないが、ジェラートを食べる手は止める。
 サレトナの自信に満ちている様子を見ると、そうしてしまいたくなる、可愛らしいところがあるからだ。
 全員が手を止めるとサレトナの名推理の時間が始まった。
「私は気付いたのよ。兄さんはレクィエ以外よりも先に好きなジェラートを選ぶことを自分に許せない! でもそうなると、兄さんが取る時には好みのアイスはもうなさそう! だから、サレトナちゃんが先に取ったみたいに見せかけて、兄さんの好きなラムレーズンを確保しておきました!」
「なんだって! お酒が苦手なサレトナがラムレーズンを選んだのにはそんな深い思いやりがあったというのかー!」
 沈黙。
 カクヤが天然でサレトナの行為を解説してから、場に漂ったのは痛々しい沈黙だった。
「……あれ? ちょっとここは私を褒める流れじゃないの?」
 冷や汗を流しかねない、硬い表情でサレトナは問いかける。
 だが、聞こえてきたのはまずレクィエの重い溜息だった。
「あのさ」
「分かってんならもっとさりげなくやるか、初めからきちんと言え」
 ソレシカの適切な解説に、サレトナは肩を落とした。一目見ただけで胸を痛ませる、しょんぼりと言った様子でうつむいている。
 しかしタトエにしてみれば、サレトナの行為はいつもと変わらず不器用だけれど、犬猿の仲の兄であるクレズニにそんな思いやりを見せたことへの驚きが勝っていた。素直にすごいと賞賛したいが、そうしたらまたソレシカかレクィエが突っ込んでくるだろう。
 ストロベリージェラートを口に運びながら、タトエは状況を見守る。
「ありがとう」
 場を変えたのは、クレズニのその一言だった。
「サレトナも成長するんだな」
「するわよ!」
「それが嬉しいよ。ラムレーズン、もらっていいか?」
 珍しく和やかに妹に接するクレズニだったが、これが本来の彼の妹への接し方なのだろう。そう思わせる優しさと親しみがあった。二人の光景にタトエは嬉しくなる。
「べ、べつに兄さんのためじゃないけれどよかったら交換ね!」
「さっきクレズニのためみたいなこと言っていたのにね」
 意地悪くタトエが言い足したら、サレトナは頬を赤く染めて黙った。
「珍しいくらいにクレズニがご機嫌だ」
「デレだ」
「「もういい」」「でしょう!」「じゃない!」
 クレズニとサレトナ以外の四人は、この素直ではないが互いを好いている兄妹に笑ってしまう。いやなものではない。純粋な祝福だ。
 それを見ながらタトエは寂しくなった。
 二人も普通の兄妹だったんだ。ちょっとややこしいことがあったから、素直になれないだけで。
 でも、いまジェラートを交換して和やかに笑いあうことができるのならば、せめて無音の楽団では親しい仲間であり、仲のよい兄妹でいて欲しい。
 クレズニもサレトナも、楽しく過ごしてもらいたい。この限られた旅の途中くらいは。
 タトエは神に静かに祈る。
 大好きな仲間たちが、ずっとずっと仲良くいられますように。
 そうして全員のカップが空になった。タトエは回収していく。
「カップをお店に洗って返すと安くしてもらったり、おまけしてもらえるから。もらうね」「なら私も洗うわよ」
 先に歩いて行ったタトエの後を追って、サレトナも宿の台所へ入っていく。流しには一人しか立てないため、タトエがカップを洗い、サレトナが乾いた布で拭いてくれる。
 しばらく水の流れる音だけだった。
 手を動かしている途中でサレトナが言う。
「ありがとね。ラムレーズンを買っておいてくれて」
「どういたしまして。クレズニが前に好きだって言ってたからだよ」
「そう。ならソレシカの好みは?」
「ベリーだね」
 甘味の強いものより酸味の強いものをより好む、と付け足したら笑われる。楽しそうに、嬉しそうな声だった。
「これでソレシカの好みのことは忘れていたら、拗ねられちゃうところだったわ」
「ソレシカ、僕のことが大好きだからね」
 いまだに好きになられた理由は思い出せないし心当たりもないけれど、ソレシカはタトエに愛を捧げている。乗せられると重い感情だけれど、タトエが流せているのは見返りを求められていないためだ。好きでいさせてくれればいい。さらに良ければ守らせてもらいたい。
 ソレシカの好意はそのあたりで完結されている。
 タトエが洗い終えたカップを重ねているあいだもサレトナは驚いていた。
「愛されてる自覚があったのね」
「それは気付くよ」
 くすりと顔を見あわせて笑い合う。
 サレトナの恋の話をするならば、ようやくカクヤへの恋心を自覚し始めている。そしてタトエはソレシカに恋されている側だ。お互いに、恋という不定型な感情について様々なことを考えてしまうのだろう。
 どうしたら自分に振り向いてもらえるかとか、向けられた好意に応えることが最良だろうかとか、相手から届けられる真剣な優しさや想いに一喜一憂、さらに混乱してしまう。
 決して、恋の道に正解はないのだろう。
 だから迷うことも許されるのだ。
「タトエ。今日はありがとう」
「どういたしまして。あ、そうだ」
 以前から気になっていたことを二人きりだから、と尋ねてみる。
「サレトナはカクヤとクレズニならどっちが好きなの?」
 花が咲くようにサレトナの顔が赤くなった。
「そういうことなら、多分……カクヤしかいないじゃない」
 小さな声で早口に答えてサレトナはすぐに立ち去ってしまう。
 店に返すカップを持ってタトエは一人になるが、にんまりとした笑みをこらえられなかった。
「青春だね!」
 自分にも、サレトナにも訪れている。
 それはまだ青い春の風。


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