あなたを狙い撃つ魔法の矢はツンデレの証なの

 バレッタで前髪を止めている青年は勢いよく麺をすすった。
 いまは冬だ。夏よりも遠い青空と気まぐれに浮かんでいる、カスタードをかけたらとろけてしまいそうな厚みのある雲。陽差しはベンチに座っていると眠気を誘う温かさだ。
 冷たいのは北から吹き付けてくる風だけで、それがまた、屋台の麺のうまさを格上げしていた。秘伝の鶏出汁とスパイスを丁寧に調合して作り出されたスープは飲み込むたびに全身へ染み入ってくる。
 熱いうちに食べてしまえ、そうがつがつと箸を進める青年の手の皮膚もまた厚かった。
 光が当たってグラデーションが強調される濃紺から黒に至る髪、吊られた瞳は赤く彩られているが石よりも染められた羊皮紙を連想させる。気は強そうだが、我は見えない。
 青年は冒険者にとって始まりの都市とされるリューンを拠点としている。ようやく卵の殻が剥がれ始めた冒険者一行「無音の楽団」のリーダーである、カクヤだ。
 カクヤの隣に座って音を立てずに数本ずつ麺を口に運ぶのは、「無音の楽団」の会計役を投げられたクレズニだった。薄墨の髪を耳が見えるくらいに切りそろえていて、未だ自身は見たことないが、深海のようだと例えられる色の目。肌はカクヤよりも白く、薄暗い洞窟を探索するよりもどす黒い内政を取り仕切るのが似合うだろう青年だ。
 二人はしばらく寒空の下で熱い麺をほおばる醍醐味を楽しんでいたが、クレズニが間を作りながら切り出した。
「それで、サレトナに何をされたんですか」
「すっごく力を弱めた魔法の矢を撃たれた」
 妹の暴力にまた頭痛を引き起こされるクレズニだが、水を口に含んでから質問を変える。
「その前です。魔法の矢を撃たれる前に何がありましたか」
 大きな匙を器の脇に引っかけてカクヤは考える。
 カクヤとクレズニにはあと四人の仲間がいて、その中に紅一点ではあるのだが、そう呼ぶのが似つかわしくない少女がいる。名前をサレトナ。橙色の長い髪と大胆にカットされた紅玉をはめ込んだような目を悪戯で光らせるのが特徴的な魔術師であり自称悪役参謀だ。
そしてクレズニの実の妹だ。二人は互いに険悪の仲だと主張しているが、外から見ていると心配性の兄と生意気を落とせない妹のじゃれ合いでしかない。ただしそれはクレズニがサレトナの命を狙っていて、カクヤがサレトナの命を預かっている現状が保護になっている現状だから、微笑ましくなっているだけだ。
 一見すると呑気な話だが、カクヤはクレズニがサレトナを本気で殺す決意をしていることを理解している。サレトナが消極的にその殺意を受けとめているのも知っている。傍観者であったカクヤが舞台に上がることにより演じることになった役は、殺意のはかりを偏らせないようにサレトナを仲間として見張ることだった。
 その庇護対象であるサレトナから人体に影響がない程度の魔法の矢を受けた理由は。
「みーつけた。二人とも私に何も言わずに外食なんていい身分じゃない」
 答える前に外食をすることになった原因が現れた。
 サレトナだ。カクヤの右隣に腰を下ろすと熱い茶を店主に頼んで、カウンターに両肘をつけると目で圧力を跳ばす。
 クレズニは麺をすする手を止めるがカクヤは気にせずにかっこんでいた。いまは熱いうちに麺とスープを食べきることが大事なようだ。クレズニも食事を再開する。
「それおいしいの?」
「すっげうまい」
「ふーん。うらやましくはないけど、ふーん。私を放りだして兄さんと一緒に二人でご飯なんて仲良しで結構ですね。ふーん」
 サレトナがどちらを怒っているのか、どちらにも怒っているのか。クレズニは静かに手早く完食すると箸を置いてサレトナに向き直った。
「私は詳しい事情は聞いていないけれど、戦闘でもないのに人に魔法の矢を撃つのはやめなさい。何かしてほしいことがあるのならまず、素直に頼むようには何度も言っただろう」
「そーうだけどー。でも今回はカクヤのデリカシーのなさが悪いんだもん」
「お前がいつも以上に意味わからないこと言い出すからだろ。また本日の受付を終了するぞ」
 カクヤも麺を食べ終えるとぬるくなった湯を飲む。そのあいだサレトナは眉を吊り上げながら口を閉じつつ、怒気を発していた。カクヤの対応ではなくて自身のふがいなさに対する怒りも含まれているようだからクレズニは困惑しながら眺めるしかできない。
「ごっそさんでした。ほら帰るぞ。話は聞いてやっから」
「いい。ただ、私のお願いを今すぐ超特急に叶えなさい」
 傲慢な口調で不安を隠しながら手を差し出す。サレトナの唇が動く。
「カクヤ。プレゼントちょうだい?」
「本日の受付は終了しました」
 サレトナはカクヤにまた魔法の矢を撃った。
「もう知らない! ばか!」
 それだけ言い捨てるとサレトナは茶を押し付けて去っていく。うわあんと大きな声を上げて走る姿はさぞ目立つだろう。
 クレズニはカウンターに突っ伏しているカクヤに癒身の呪をかけて介抱する。思っていたよりも威力は弱められていたようで、とうのカクヤはすでに呆れた顔をサレトナが走っていったところへ向けている。怒ってはいないようだから、器が大きいのか怒る気も失せるほどくだらない出来事なのか。後者であることも否定できない。
 クレズニから見てもいまのサレトナが何をしたいのかつかめない。昔はそうでもなかった。サレトナの要求はいつも直球で、だけど可愛らしいものだったから、豪奢な屋敷にいる全員が小さなお嬢様の願い事を叶えていた。
 その甘やかしのツケとして、サレトナはいまわがままに行動しているのではない。妹が素直に人を頼れなくなる一因を作ってしまったクレズニは、悔やみながらカクヤを支える手を放した。
「前回撃たれたときも、さきほどのやりとりをしたのですか?」
「ああ。いきなりプレゼントが欲しいなんて言い出すからな。冗談を返したら本気でやられた」
 冗談にしてもあの返しはないだろう。
 バレッタをポケットにしまいながらうーんと唸る。カクヤの顔に前髪が落ちた。
「サレトナ、本気で怒ってたよな」
「はい。あれは本気の場合です。本気ということは真面目に伝えたいことがあったのでしょう」
 屋台の端によって、二人そろって腕を組みながら考えていた。

 サレトナが宿に帰ってくるのを迎えてくれたのはレクィエだった。
「おかえり。なんか機嫌悪いな」
「ただいま! カクヤのばかがばかでばかだから怒ってるの!」
 藪をつつこうとしたレクィエだが、予想以上に危うい藪だったので笑って流すことにした。薄い紅茶を飲みながら、ただで読める新聞をたたんで隅に寄せる。サレトナはポットから紅茶をカップに注いで砂糖を何杯も入れていた。それからレクィエの左斜めの席に腰を下ろして洗練された淑女のようにカップに口をつける。
 すぐに離した。
「あっまーい。おいしくない」
「そりゃあんだけ砂糖入れてたらな。で、カクヤがどうしたんだよ」
「あなたに事情を話すのはなんかいやだけど。ソレシカとかに聞かれるよりかはましだからいいわ。聞いて」
 仰せのままにと頭を下げれば「それもやめて」と強く言われる。どうやら無音の楽団唯一の少女の機嫌は下降の一直線をたどっているようだ。
 恭しく話を聞いたレクィエはにっこりと笑って断言する。
「あんたが悪い」
「知ってるわよ。私が悪くてカクヤはばかなだけだもん」
「普段の感謝よ、受け取りなさい。そんな風に言って渡せばいいだろ。そのプレゼント」
 示されたのはサレトナが昨日から隠し持っている小さな青い袋だった。中に入っているものまでは不明だが、カクヤに渡したくて四苦八苦しているのは無音の楽団全員が見ていた。女心に聡いと言える仲間はいない上にカクヤも女性としての対応をサレトナにしていないため、結局はサレトナが一人で空回っている。
「私のところでは、男性に贈り物をされてから女性が返すものなのよ。それが当たり前だったもん。女の子から渡すなんて恥ずかしい」
「いまサレトナがしていることは恥ずかしくないのか? わがまま言って、魔法の矢を八つ当たりで撃って、一日怒りながら。今日もまた同じことをしようとしている。それは女の子としてどうなんだい?」
「あなたのそういうところ、本当嫌い」
 レクィエの指摘した内容に心当たりしかないようだ。悪いことをするだけではなく、自らの気分を害すまでして、一日を台無しにして過ごすという負の螺旋に組み込まれている。
 それなのにサレトナは甘すぎる紅茶の注がれたティーカップに口をつけて、断固として譲らない気概でいくようだ。
 素直になればいいのになあ、とレクィエは苦笑する他にできることはなかった。男女の喧嘩に巻き込まれるのは面倒だからそれ以上は助言も気配りもしてやらない。
 しばらく二人とも喋らなかった。
 外は冬の晴れで太陽の熱が心地良い。寒風が吹いていても歩いたら気分は上向きそうだ。それなのにサレトナは落ち込んで帰ってきた。
「私から、あげたいのって押しつけて。いらないと言われるのは怖いじゃない」
 唐突にこぼれたサレトナの本音は未知への不安だ。相手にされないよりも拒まれる恐怖が勝っている。
 レクィエは頬杖をつきながら、明るくわがままで繊細な少女をよく眺めた。うつむくと橙色の睫が陰を落とす。落ち込んでいるけれど、挽回する手段が分からないのだ。
「しっかたないなあ」
 明日からの依頼に備えて今日はゆっくりと休む一日と決められていたが、このままだとサレトナのコンディションが低調なままだ。
 レクィエは折良く帰ってきたカクヤを手で呼び寄せた。一連の行動を見ていたサレトナは目を見開いて立ち上がろうとするが、許さない。
「サレトナ」
 名前を呼ぶ言葉は「逃げるな」の意味を強く含んでいた。
「ああもう!」
「どうしたんだよ」
 レクィエではなく、サレトナの隣に座りながらカクヤが言った。
 カクヤもサレトナが何かしたいのは分かっているらしく、昨日からずっと声をかけているし魔法の矢を撃たれても逃げ出すことはしない。
 不器用極まりないのに器用に振る舞おうとして、失敗している少女を受け入れているのだ。それが強い好意であると、どうして二人そろって気付かないのか不思議だ。
「ねえ、カクヤ」
「プレゼントならないぞ。完売だ」
「そうじゃなくて。あなたがプレゼントをもらうとしたら、嬉しい?」
「誰から」
 サレトナは目をそらして言おうとした。だが、覚悟を決めたのか、きっと顔を上げるとカクヤを正面から見つめる。にらむの域だ。
「私が、あなたに贈り物をしたいとか言い出したら、おかしい!?」
「普通に嬉しいに決まってるだろ」
 あまりにも普通、あまりにも平然、あまりにも当然な様子だ。さらりと言われたことを理解すると体温が上昇していくようで、サレトナの顔は少しずつ赤くなっていく。
 ようやく事態を理解したカクヤは呆れながら言う。
「あのさ、おまえそんなことで悩んでやけになって。俺に魔法の矢をずばずば撃ってきてたわけ? 馬鹿じゃないのか」
「ばかはカクヤでしょう!? レディからプレゼントを贈るのがはしたないとか分かってるくせに!」
「だってお前はレディの前に仲間だろ。仲間から感謝されて嫌な奴いないだろ。あとおまえが気難しい女ってことも理解してるけど。サレトナ」
「な、何よ」
「俺はおまえが傷つかないことなら、何されたっていいんだよ。してほしいことがあるなら言え。できることなら叶えてやる。俺はお前の味方なんだから」
 どうして、と小さな唇が震えた。
 目が熱くなったのか、いつもは一人で流すだけだろう涙がじんわりと広がっていく。レクィエはその様子を微笑ましく眺めて、サレトナの心中を予想する。
 どうしてそんなことを言うの。甘やかすの。こんな身勝手な怒りもするだろう。
 あなたのことをもっと好きにさせるの。これは少し先走り過ぎているかもしれない。
 サレトナはきっとそう思うことが悔しくて、だけどそれ以上に素直に嬉しいと受け取りたくて、がんばっていた。傍から見ているだけのレクィエにも伝わってきた。だからなにも言わずに見守ることを続けていく。
 一度深く息を吸ってからサレトナは口を開く。いままでの恐怖も緊張も全部混ざっているだろうが、それでも自分の思いをカクヤに伝えていく。
「あのね。私、ずっとカクヤに渡したかったものがあるの」
「なんだ?」
 サレトナは小さな青い袋を取りだした。赤い瞳を淡く潤ませながら、声は凜とした調子のまま言う。
「いつもありがとう。良かったら使って」
「ん。ありがとな」
 様々な回り道をしたがサレトナのプレゼントはカクヤの手にきちんと収まった。
 めでたしめでたし、とレクィエは短く締める。

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